庄野潤三の世界

庄野潤三「ちいさな漁港の町」山口県白井田でハゲを釣った夏休みの思い出

庄野潤三「ちいさな漁港の町」読了。

「ちいさな漁港の町」は、「雲母」昭和45年10月号に掲載された随筆である。

随筆集としては『庭の山の木』(1973)に収録されている。

昭和45年の夏、庄野家の人々は、広島の親戚と一緒に、山口県の白井田というところへ行った。

広島から汽車で柳井まで行き、そこからバスに一時間乗ると室津に着く。

渡し船で対岸の上関へわたり、今度はタクシーで山越えをする。

そこは、周囲七里の長島という島で、そのいちばん突端にある小さな漁港の町で、庄野さんたちは、八月十日から十二日まで過ごした。

宿は、おばあさんが一人でしている宿屋で、入口には「簡易旅館」と目立たない表札がかかっていた。

刺身は、メバルとカレイとアジが出た。

「同じものばかりで」とおばあさんは恐縮していたが、そんなことはない、と庄野さんは綴っている。

離れ島の漁港にある宿屋の御飯だから、お刺身はきっと美味しかったに違いない。

はじめの日は近くの浜で泳ぎ、次の日は、朝から沖へ出てハゲを釣った。

どうやら、広島の親戚の人たちは、前の年のお盆休みに上関へ来て、ハゲを数えきれないほど釣ったらしい。

もっとも、庄野さんたちは、普段は釣りをしないし、夏に広島へ来ても、宮島の裏あたりでキスゴ釣りをする程度で、それよりも大きい魚を、これまでに釣ったことがない。

それでも、六十五、六になる船頭さんの案内で、庄野家の人々も無事にハゲを釣りあげた。

初めての者にはハゲは無理かもしれないと聞いていたから、庄野さんも、一匹釣り上げたときは夢かとばかり驚いた。

「逃げないでくれ」と言いながら、糸を引っ張ったそうである。

(後で調べると、「ハゲ」というのは「カワハギ」のことらしい)。

帰る日になって、浜から戻ってきたときに気が付いたのだが、宿屋の入口には「遺族の家」という文字盤が貼ってあった。

まるで随筆みたいな、庄野潤三の小説

庄野さんの作品を、丹念に読んでいる人には分かることだが、この随筆は、昭和46年1月の「文芸」に発表された「蓮の花」という短篇の元になっている。

「蓮の花」は、『絵合せ』という作品集で読むことができる。

ただし、『絵合せ』は講談社文庫へ入る際に収録作品を大きく変更していて、「蓮の花」は文庫には入っていないので注意が必要である。

「ちいさな漁港の町」を読むと、「蓮の花」には書かれていないエピソードが織り込まれていて楽しい。

もちろん、短篇小説「蓮の花」には、随筆「ちいさな漁港の町」では触れられていないエピソードもたくさんある。

小説と随筆を、互いに補完し合う作品として読むことができるのは、庄野潤三らしい楽しみ方と言える。

一般的に、庄野さんの小説は「まるで随筆みたいな」「まるで日記のような」などと形容されることが多い。

実体験という素材を、できるだけ手を加えずに調理するのが庄野さんの手法だから、その表現は決して間違っていない。

むしろ、小説とか随筆とか日記とか紀行とか、いちいちジャンル分けをすることが煩わしくなってしまうのが、庄野さんの作品の不思議な魅力ということだろう。

夏が好きだった庄野さんは、子どもたちが小さかった頃、夏休みの間に必ずどこかの海へ、子どもたちを連れて遊びに行った。

そこには、長谷川町子の『サザエさん』の世界にも似た、今はなき懐かしい昭和の時代の庶民の暮らしがある。

昭和45年、時代はまさに高度経済成長期だった。

小さな宿屋の入口で見つけた「遺族の家」という文字板には、まだ戦争が残っていた、そんな昭和の物語である。

作品名:ちいさな漁港の町
書名:庭の山の木
著者:庄野潤三
発行:1973/5/31
出版社:冬樹社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。