日本文学の世界

安藤鶴夫「アンツル先生の落語演芸指南」古い美意識の発見と継承

安藤鶴夫「アンツル先生の落語演芸指南」あらすじと考察

安藤鶴夫「アンツル先生の落語演芸指南」読了。

本書は、生誕100年記念総特集として、2008年に「KAWADE 道の手帖」シリーズから刊行されたムック本である。

古い日本人が持っていた美意識

『雪まろげ』という随筆集があんまり良かったので、安藤鶴夫という人についてもっと勉強してみようと考えて本書を読んでみた。

まず最初に驚いたのは、この人は1969年(昭和44年)に亡くなった人だということである。

1908年(明治41年)生まれの享年61歳。

まさか、そんなに昔の人だとは、全然思わなかった。

実は、安藤鶴夫の著者は、我が家にも何冊かあって、これまでにも読んでいるはずなんだけど、正直に言ってほとんど印象がない。

これは、自分自身、落語とか義太夫とか小唄とかいう伝統芸能に知識がないことと無関係ではない。

安藤鶴夫の文章は、日本の伝統芸能の世界でこそ、最大限に発揮されるものだからだ。

本書に収録されている「安藤鶴夫作品集・未収録落語エッセイ集」を読んでみる。

結局、ぼく自身のことにしても、あれだけ立派な仕事を他人(ひと)様がしているのだから、なにを今更ら自分なんかがと思ったひには、一言半句、ものなど書いてはいられないことになる。他人のいいことも十分に認めて、その上でまたなアに自分は自分はという気構がなくては、一日だって生きてはいけないことになる。(安藤鶴夫「落語三題」)

かつて三遊亭圓喬が得意としていたという「鰍沢」を、三越名人会で口演することになったとき、圓生は圓喬の話をマクラに振ってから、話を始めたという。

このとき、著者は、かつての名人を認めつつも、次は「自分が」という気概がなければ、自分なんかもやってはいけないと感じたと綴っている。

相撲エッセイの「鶴ヶ嶺のいさぎよさ」では、勝っても負けても潔く見える、鶴ヶ嶺の相撲を讃えている。

相撲は、礼にはじまって、礼に終わると、おそわっています、といった。負けたときには、花道を走ってはいりたい。しかし、勝ったときよりも、なお、ていねいに礼をして、花道を帰る。勝っても、うしろへさがって勝った相撲はいやですね。前へ出て、前へ出て、負けた相撲は、負けても、いやではない。前へ出る、それが相撲の極意です、と語った。(安藤鶴夫「鶴ヶ嶺のいさぎよさ」)

鶴ヶ嶺に初めて会ったとき、関取はそんなことを言った。

そして、著者が、鶴ヶ嶺の相撲に惹かれる理由が、そこにある。

気っ風のいい東京弁の文章で綴られているのは、かって<いなせ>だと考えられていた、人間の生きる姿勢だ。

なるほど、僕が安藤鶴夫の随筆集を読んで激しく共感するものを感じたのは、古い日本人が持っていた美意識を、安藤鶴夫の文章の中に感じたからなのか。

戦後の高度経済成長の時代、世の中の価値観が激しく変化する中で、安藤鶴夫という人は、江戸から続く美的観念を、強固に持ち続けた人だったのだろうか。

生まれて初めて落語なるものを観た

本書を読んだ後で、安藤鶴夫の話の中に出てくる落語「寝床」を観てみた。

大家の下手な義太夫を無理やり聴かされている店子たちの噺である。

生まれて初めて落語なるものを観たけれど、これが実におもしろい。

声を出して笑いながら、おしまいまで観てしまった。

最初に、安藤鶴夫の解説を読んでいたから、なおさら、噺のテーマをしっかりと理解することができたのだろう。

考えてみると多かれ少かれ、誰にも”寝床性”は持っているようだ。寝床性とは、つまり弱点の同義語だとしてもいいのだが、どうも寝床性の全くないような人間の、つきあい憎いことも確かである。文楽あたりの巧妙な”寝床”を聞いていて、ついしてほろりとさせられるのは、実はぼく自身の中にある寝床性への感傷なのであろう。(安藤鶴夫「落語三題」)

テレビを消してから、中原中也ばりに、おまえはなにをしてきたんだと、自分を罵った。

これまで読んできた安藤鶴夫の著作を、僕は全然理解できていなかったのだ。

噛まずに丸呑みしているから、味わいも何も分からずに、ただ消化不良を起こしていただけ。

読書の中でも最低の読書で、久しぶりにえらく反省させられた。

これから、しばらくは、安藤鶴夫の著作と、しっかり向き合ってみようと思う。

2023年(令和5年)2月、また好きな作家が一人増えた。

書名:安藤鶴夫 アンツル先生の落語演芸指南
発行:2008/12/30
出版社:河出書房新社

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。