日本文学の世界

宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」お気楽昭和な酒と女のグルメ旅

宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」あらすじと考察

宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」読了。

本作「味な旅 舌の旅」は、1968年(昭和43年)にJTB出版局から刊行されたグルメエッセイ集である。

この年、著者は34歳だった。

昭和元禄レジャーブームの娯楽エッセイ

文芸紀行みたいなものを期待して読み始めたけど、普通の娯楽エッセイだったので、ちょっと肩透かし。

グルメと一緒に、ローカルな水商売(風俗)情報が入っているあたり、いかにも、昭和40年代のサラリーマンが喜びそうな下ネタ食レポ紀行ということなのだろう。

日本各地の観光地を訪れて名産品を食べ、地元のお姉ちゃんと遊ぶのというのが、当時の中年男性の娯楽だったのかもしれない。

本書が刊行された1968年(昭和43年)は、高度経済成長が成熟した、いわゆる「昭和元禄」と呼ばれた時代で、レジャーやバカンスには大きな注目が集まっていた。

日頃の喧噪から逃れて、辺鄙な田舎で非日常感に浸るというのは、都会で暮らす人々には、最高の贅沢だったんだろうな。

本書は、都会から田舎を目指す一般市民のガイドブックとしての役割を担うものでもあるが、自分で食べてみたいと思えるような名産品はほとんど登場していなかった。

考えるに、郷土の名産グルメにも「時代の旬」のようなものがあるのかもしれない。

グルメ情報よりは、むしろ、地方都市に伝わる伝説に興味深いものがある。

例えば、会津は日本で一番尊属殺人の多いところで、その理由は、実の父親に嫁を寝取られた息子が、思いあまって父親を殺してしまう事件が絶えないからだそうである(マジか!)。

その原因というのが、この地方の農家は東北諸県にくらべて喰うにはそれほど困らず、冬のあいだ他に楽しみもないところから、若い男は二十歳ぐらいで結婚することもある。するとその父親はまだ四十すぎの男盛りで、家中の実験を握っており、つい息子の嫁に目をつけてしまう。(宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」)

ほとんど都市伝説みたいなものだろうが、こういう噂話が庶民に流布しているという現実からは、何やら怪しい田舎の因習のようなものを覚えずにいられない。

山形県の場合は即身仏のミイラが多いところで、鉄門海上人のミイラは、明治時代に入ってから作られたミイラだけれども、鉄門海は、面会を求めてやってきた男装の女性ファンを追い払うため、自分の男性器を切り落として渡したそうだ。

おまえの欲しいものはこれじゃろうと言うて、自分のツンボを切りとって遊女に与えたです。遊女は泣ぐ泣ぐそれサ持って山を下り、神棚にそなえて見だば、商売が大繁盛し、それを借りた遊女も、みな繁盛するばかりであった、ということです。(宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」)

切り取られたツンボ(男性器のこと。チとツが訛っている)のミイラは、鶴岡市の南岳寺にあるそうだ。

伝承だとしても、民俗学的には興味深い話ではないだろうか。

鹿児島県指宿のジャングル風呂

観光スポットで惹かれたのは、鹿児島県のジャングル温泉。

クロンボこけしが人気を集めたりと、当時の日本では南国ブームが盛り上がっていて、各地でレジャー施設的なジャングル風呂が賑わっていたらしい。

特筆すべきは、当時のジャングル風呂は男女混浴で、普通に全裸の女性が、男性と一緒に温泉を楽しんでいる様子が描かれている。

念願のジャングル浴場を、さっそく探検にでかけた。脱衣場から降りる長い階段を、熱帯植物で二つに仕切り、一方を男性用、一方を女性用通路としているが、もちろんお互いにすっかり見える。(略)新婚らしく、熱帯植物ごしに手をとりあわんばかりにして、裸の二人が上ってきたりする。南国の空気は、たしかに人を開放的にするらしい。(宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」)

もっとも、男女混浴は鹿児島県に限ったものではなく、本書の中では、日本各地で混浴温泉が登場しているから、昭和40年代くらいまで、男女混浴は珍しいものではなかったのかもしれない。

週刊誌の与太記事を読み捨てる感覚で楽しみたい娯楽エッセイ集である。

書名:味な旅 舌の旅
著者:宇能鴻一郎
発行:1980/08/10
出版社:中公文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。