村上春樹の世界

レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」ダンディな大人の男の教科書

レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」は、アラフォー男子の友情を描いたハードボイルド小説の歴史的傑作です。

初期村上春樹作品の原点がここにあり。

ミステリー小説の名作ですが、もはやこれは純文学と呼びたい作品です。

書名:長いお別れ
著者:レイモンド・チャンドラー
翻訳者:清水俊二
発行年月日:1976/4/1
出版社:ハヤカワ・ミステリ文庫

作品紹介

「長いお別れ」はレイモンド・チャンドラーが1953年(昭和28年)に発表したミステリー小説です。

原題は「The Long Goodbye」で、日本では清水俊二さんの翻訳で1958年(昭和33年)に出版されました。

私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする長編シリーズの第6作目で、シリーズ中で最も長い作品です。

70年近く昔の作品ですが、アメリカの探偵小説を代表する名作として、現在も世界中で多くの読者を獲得しています。

フィリップ・マーロウのクールな生き方は、まさしくすべての大人の男性のロールモデルと言って良いでしょう。

近年は村上春樹さんの翻訳版も読むことができます。

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なれそめ

僕が最初にシリーズ第1作目の「大いなる眠り」を読んだのは、ほんの偶然で、世界的に有名なシリーズだったら一度くらいは読んでおこうくらいの気持ちでした。

ところが1作目からハマってしまって、シリーズ最後の「プレイバック」まで、あっという間に読み終えてしまいました。

その中でも「長いお別れ」を読み終えた後の感動は素晴らしいもので、世の中にこんなに素晴らしい小説があったのかと感じたほどです。

一つ一つのセンテンスが研ぎ澄まされている上に、無駄なセンテンスがひとつもないと思えるほど、文学としての完成度が高い。

シンプルなのに非常に豊かな表現は、とても気が利いていて、人生の深みを味わわせてくれます。

あらすじ

主人公の私立探偵フィリップ・マーロウは、ある夜、「礼儀正しい酔っ払い」テリー・レノックスと知り合います。

互いに惹かれあった二人は、毎晩のように馴染みのバーでギムレットを飲む仲となりますが、男好きの悪妻シルヴィアを殺害した疑いを残して、テリーはメキシコへ逃亡、数日後には「現地で罪を告白して自殺した」との知らせが届きます。

そんなとき、アルコール中毒の人気作家ロジャー・ウェイドとその美人妻アイリーンが登場、マーロウがウェイド夫妻のトラブルに巻き込まれているうちに、シルヴィア殺害事件にも思わぬ展開が、、、

本の壺

村上春樹を探してみる

「長いお別れ」を読んでいると、村上春樹さんが影響を受けていたということがよく理解できます。

「往来の向こうのユーカリが枝を鳴らしている。小さなカンガルーやコアラ熊が枝の下であそんでいたオーストラリア時代を想い出して、昔ばなしをしてるんだろう」なんていうジョークや、「焼けた板の上におかれたハンバーグ・ステイキで、褐色に焦がしたマッシュド・ポテトでかこまれ、輪切りの玉ねぎのフライとミクスド・サラダがついていた」みたいな食べ物の描写は、なんとも村上春樹的な表現です。

「まだそんなことをいってるのか」と、グリーンはそっけなくいった。「よけいなことに頭をつっこむんじゃない。あの事件はもう終わった。鍵がおろされて、おもりをつけられて、海になげこまれちまったんだ」(レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳「長いお別れ」より)

警官に向かって「警官がきらわれていない場所もあるんだが、そういうところでは、君は警官になれない」と言ったりとか、計算高い人生哲学を披露する酒場の駐車場係に「なるほど、それでここまでになれたってわけか」とからかったりするのも楽しい場面。

村上春樹さんを探しながら「長いお別れ」を読むと、結構楽しいですよ。

ギムレットに注目してみる

「長いお別れ」ではカクテルの「ギムレット」が重要なキーワードとして登場します。

「ギムレットには早すぎる」という台詞は、「長いお別れ」を読んだことがない人でも知っているくらいに有名な台詞です。

「あなたのおっしゃるとおりだったかもしれません。しかし、あなたは私が嘘をついたといった。レノックスさんの部屋に入って行かなかったし、手紙もうけとらなかったといった」「最初から部屋の中にいたんじゃないか──手紙を書いていたのさ」彼は手を顔にあげて、色眼鏡をはずした。人間の眼の色はだれにも変えることができない。「ギムレットにはまだ早すぎるね」と、彼は言った。(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」より)

かつて、毎晩のように夕方5時から一緒にギムレットを飲んでいた友人と久しぶりに再会したのは朝のことで、さすがにギムレットを飲む時間としては早すぎます。

友人のテリー・レノックスはギムレットが大好きな「礼儀正しい酔っ払い」でした。

「ギムレットの作り方を知らないんだね」と、彼は言った。「ライムかレモンのジュースをジンとまぜて、砂糖のビターを入れれば、ギムレットができると思っている。ほんとのギムレットはジンとローズのライム・ジュースを半分ずつ、ほかには何も入れないんだ」(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」より)

ギムレットに注目しながら読むと、小説が一層おいしくなりそう。

ギムレットが登場するシーンは、その他にもあるので、ぜひ探してみてくださいね。

「別れ」に注目してみる

作品タイトルが「The Long Goodbye」であることからわかるように、この作品では「さよなら」という言葉が重要なキーワードとなっています。

重要な場面で「さよなら」という言葉が登場するので、「さよなら」という言葉が出てきたときは要注意。

「さよならをいって別れた友だちが一人いたはずだぜ」と、彼はいった。「彼のために豚箱に入っていたとしたら、それこそ本当の友だちだったはずだ」(レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳「長いお別れ」より)

「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」なんていう、歴史に残るような名言も登場します。

こんなとき、フランス語にはいい言葉がある。フランス人はどんなことにもうまい言葉を持っていて、その言葉はいつも正しかった。さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ。((レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳「長いお別れ」より))

ラストシーンの近くで「ここでさよならは言いたくない。本当のさよならは、もう言ってしまったんだ。本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね」というマーロウの台詞も素晴らしいですね。

君はぼくを買ったんだよ、テリー。なんとも言えない微笑や、ちょっと手を動かしたりするときの何気ない動作や、静かなバーで飲んだ何杯かの酒で買ったんだ。今でも楽しい想い出だと思っている。君との付き合いはこれで終わりだが、ここでさよならは言いたくない。本当のさよならは、もう言ってしまったんだ。本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。(レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳「長いお別れ」より)

「長いお別れ」を読むときは「さよなら」という言葉に注意してみてくださいね。

読書感想

僕はミステリー小説には詳しくないので、「長いお別れ」という作品の、ミステリー小説としての完成度について語ることはできません。

だけど、この小説は奇想天外な大どんでん返しや度肝を抜くようなトリックを期待して読む小説とは違うような気がします。

フィリップ・マーロウという男の生き様、それこそがこの小説のすべてではないでしょうか。

おかしな哲学書や宗教書を読む暇があったら、レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」を読むことをお勧めします。

人生がずっと豊かになりますから(嘘や誇張ではなくて)。

なお、レイモンド・チャンドラーのフィーリップ・マーロウについては、別記事「レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』最愛の女を探す悲しい男の物語」でも詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。

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まとめ

レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」は、男の友情を描いた素晴らしい小説です。

「探偵小説」とか「推理小説」とか「ミステリー小説」とか「ハードボイルド小説」とか、

そういう枠を超えて、すべての大人の男性が読んでおくべき名作。

初期の村上春樹作品が好きな方にお勧めですが、翻訳は清水俊二さんの古いものが好きです。

著者紹介

レイモンド・チャンドラー(作家)

「長いお別れ」の作者であるレイモンド・チャンドラーは、1888年(明治21年)7月、アメリカのシカゴで生まれました。

第一次世界大戦で従軍するほか、様々な職を転々とした後、44歳のときに小説家としてデビュー。

代表作となるフィリップ・マーロウ・シリーズの最初の長編作品「大いなる眠り」を出版したときは51歳、「長いお別れ」を発表したときは65歳のときでした。

清水俊二(翻訳家)

「長いお別れ」の翻訳者である清水俊二さんは、1906年(明治39年)、東京で生まれました。

東京帝国大学卒業後、洋画の字幕翻訳で活躍、アメリカ文学の翻訳でも多くの作品を残しました。

レイモンド・チャンドラーの翻訳では、清水俊二さんの翻訳が日本国内での定番となっています。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。