外国文学の世界

ヘミングウェイ「移動祝祭日」ウディ・アレン映画『ミッドナイト・イン・パリ』の世界

ヘミングウェイ「移動祝祭日」あらすじと感想と考察

アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」読了。

本作「移動祝祭日」は、1964年(昭和39年)に刊行された回想録である。

原題は「A Moveable Feast」。

生前未刊行作品(ヘミングウェイは1961年に61歳で逝去)。

ロスト・ジェネレーションのリアルな物語

冒頭にある<M・H>の「覚書」を引用すると、本作『移動祝祭日』は、1921年(大正10年)から1926年(昭和元年)にかけてヘミングウェイがパリで過ごした日々の思い出を綴った回想録である。

第一次世界大戦(1914-1918)直後、多くのアメリカ人作家がパリへ渡ったという。

当時のアメリカにはまだなかった、パリの自由な雰囲気が、芸術家志望の若者たちの心を刺激したらしい。

まだ無名だった若手作家・ヘミングウェイも、妻と二人、パリで暮らした芸術家の一人だった。

本作では、パリで出会った個性的な人々を軸に、パリで過ごした日々の様子が綴られている。

例えば、<ミス・スタイン>の思い出を描いた「”ユヌ・ジェネラシオン・ペルデュ”」には、長篇小説『日はまた昇る』(1926)で有名となった、あのフレーズが登場している。

「あなたたちがそれなのよね。みんなそうなんだわ、あなたたちは」ミス・スタインは言った。「こんどの戦争に従軍したあなたたち若者はね。あなたたちはみんな自堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」(アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」訳・高見浩)

彼女の思い出を並べた最後に、ヘミングウェイは「でも、ロスト・ジェネレーションなんて彼女の言い草など、くそくらえ」「薄汚い、安直なレッテル貼りなどくそくらえだ」と、激しく悪態をついている。

とは言え、本作『移動祝祭日』は、ロスト・ジェネレーションたちの姿を描いた、リアルな物語である。

そして、その主人公とも言える作家が、F・スコット・フィッツジェラルドだった。

パリで、ヘミングウェイと同じ時間を共有したフィッツジェラルドは、本作後半部において、しっかりと主役としての務めを果たしている。

彼は華奢な体格で、さほど体調がいいようにも見えず、顔がすこしむくんでいた。ブルックス・ブラザーズの服は体にぴったり合っていて、ボタン・ダウンの白いシャツにレジメンタル・タイをしめていた。(アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」訳・高見浩)

ヘミングウェイが描き出すフィッツジェラルドは、しかし、ジャズ・エイジのスターとしての姿ではなかった。

ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』の世界

この頃、『楽園のこちら側』(1920)、『美しく呪われし者』(1922)、『グレート・ギャッツビー』(1925)という3作の長編小説を出版していたフィッツジェラルドに対し、ヘミングウェイは、まだ一篇の長篇小説も書き上げていなかった。

ヘミングウェイが、最初の長篇小説『日はまた昇る』を発表するのは1926年のこと。本作中にも『日はまた昇る』の執筆について言及している部分が、いくつかある。

ヘミングウェイは、フィッツジェラルドの小説について、次のようにコメントしている。

その三年ほど前、彼の面白い短編が何度か「サタデイ・イヴニング・ポスト」誌にのったはずだが、彼が純文学系の作家だとは一度も考えたことはなかった。(アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」訳・高見浩)

ヘミングウェイによると、フィッツジェラルドは、いったん完璧に書き上げた短篇小説を、雑誌掲載時に評判となることができるように、わざわざ手直しをしていたらしい。

もちろん、こうしたフィッツジェラルドの姿勢は、作家としての良心に反するものだと、ヘミングウェイはフィッツジェラルドに進言している。

フィッツジェラルドにとって大切だったのは、短篇小説で得られる原稿料だった。

「でも、あの小説の売れ行きはさっぱりだからね」スコットは言った。「だから、どうしても短編を書かないと。それも、売れる短編じゃないとまずいのさ」(アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」訳・高見浩)

売れ行きの悪い「あの小説」とは、後に20世紀を代表する文学作品と呼ばれることになる代表作『グレート・ギャツビー』だった。

本作では、そのほか、1920年代のパリで、ヘミングウェイと関わりのあった、様々な作家や詩人が登場している。

それはまるで、ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』の世界そのものだ。

もちろん、ウディ・アレンが本作を参考にしているのだが、第一次世界大戦直後のパリの空気感を味わえるという意味で、本作は文句なしに素晴らしい作品である。

久しぶりに『ミッドナイト・イン・パリ』を観たくなった。

書名:移動祝祭日
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
発行:2009/2/1
出版社:新潮文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。