日本文学の世界

小沼丹「木菟燈籠」大学の先生を辞めて小鳥屋に転職した男の物語

小沼丹「木菟燈籠」あらすじと感想と考察

小沼丹「木菟燈籠」読了。

本作「木菟燈籠」は、1976年(昭和51年)10月『群像』に発表された短編小説である。

この年、著者は58歳だった。

作品集としては、1978年(昭和53年)6月に講談社から刊行された『木菟燈籠』に収録されている。

人生っていろいろあるよなあという感慨

本作「木菟燈籠」は、大学の先生を辞めて小鳥屋に転職した男の物語である。

ほんと、人生っていろいろあるよなあという感慨が、読み終わった後に、しみじみと沸きあがってくるだろう。

烟草を喫みながら二、三無駄話をしていたら、長尾君が坐り直して、「──実は学校を辞めて、小鳥屋を始めようと思います」と切り出したから吃驚した。「──ふうん……」(小沼丹「木菟燈籠」)

この「──ふうん…」というのは、庄野潤三の小説に登場する友人の反応そのままでおもしろい。

当然、大学を退職して、自営で小鳥屋を開業するというのは、かなりリスクが高い話である。

著者もどうかなと感じているが、<長尾君>があまりに熱心なので、きっと大丈夫なのだろうと、賛成する気持ちになってゆく。

そもそも、長尾君が、いつから小鳥にハマっていたのか、著者は知らない。

長尾君の住所は郊外の団地の建物の三階にあって、暑い日だったが風がよく通る。これじゃ扇風機も要らないね、と話合ったが、いまならクウラアと云う所なのかしらん? 書斎には大きな本棚が幾つかあって、長尾君は英文科の先生だから横文字の本も並んでいた。(小沼丹「木菟燈籠」)

小沼さんの小説では、時間軸がめまぐるしく変わる。

そもそも、この小説は「五年ばかり前」に、長尾君の小鳥屋が開店したところから始まるのだが、物語は、そこから、さらに過去の回想へとワープしていく。

回想の物語を書いたら、小沼丹以上の作家はいないのではないだろうか。

人生というのは、まさに何が起きるか分からない

過去の回想の中で、時間は少し進んで、物語は展開していく。

去年の夏だったと思うが、長尾君が訪ねて来て、実は来年から或る学校の教師になることに決ったので、その報告に来たと云った。何でも地方の町の短大で、英語を教えると云うのである。「──ふうん……」(小沼丹「木菟燈籠」)

ここでも「──ふうん……」が登場している。

小沼さんの作品で「──ふうん……」が出てきたら要注意だ。

著者も「その方がいいよ」と言って、長尾君の再出発を祝うが、なんと、この話がダメになってしまう。

もともと、学校側から「是非に」ということで、長尾君も気持ちを大きく切り替えたところだったので、今さら小鳥屋へ戻ることもできない。

著者は、教員を探している知人に、長尾君のことを紹介する。

松内君から電話が掛って来て、長尾君を専任で採りたいと云うから驚いた。今年の一月末のことである。「──専任って、大丈夫なの?」「──大丈夫だと思います。それで、長尾先生に来て頂けるでしょうか?」(小沼丹「木菟燈籠」)

著者は、急いで長尾君へ連絡をするが、求職中の長尾君は、自分でも仕事を見つけてきたばかりで、話は混乱する。

物語は、ここからさらに急展開していくのだが、これが実話をもとにしているのだと考えたらおかしい。

人生というのは、まさに何が起きるか分からない、ということだろう。

いろいろとあったドラマは、最後に、ようやく現在へと時間軸を戻してくる。

五年前、長尾君の小鳥屋が開店したときに登場していた木菟燈籠が、物語の最後に再登場して、作品に安定感を施している。

このエピソードを、話の順番にストーリーだけを話して聞かせたら、ここまでおもしろい小説にはなっていないのではないだろうか。

小沼さんの作品は、一つ一つのエピソードを組み合わせるプロットが凄いのだ。

そして、「──ふうん……」。

「吃驚した」「苦笑した」「ないかしらん?」「可笑しかった」「なのかしらん?」「呆気に取られた」などの小沼節も、いよいよ絶好調である。

それにしても、「──店をやったことは、決して後悔していません」という長尾君の言葉は、人生というものの深みを感じさせる言葉だ。

我々は、こうした人間の営みを描いた物語こそ、もっと読むべきなのではないだろうか。

作品名:木菟燈籠
著者:小沼丹
書名:木菟燈籠
発行:2016/12/09
出版社:講談社文芸文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。