日本文学の世界

井伏鱒二「遥拝隊長」終戦から取り残された軍国少年の悲劇

井伏鱒二「遥拝隊長」終戦から取り残された軍国少年の悲劇

井伏鱒二「遥拝隊長」読了。

本作「遥拝隊長」は、1950年(昭和25年)2月の『展望』に発表された短編小説である。

なお、作品集では『本日休診』(1950年)に収録されている。

敗戦と同時に「軍国主義の被害者」となった庶民を描く

読めば読むほど悲しい物語だと思った。

何が、そんなに悲しいのだろうか。

本作の主人公は、戦争で心身に障害を負って帰ってきた、一人の青年である。

岡崎悠一(三十二歳)は気が狂っている。普段は割合おとなしくしているが、それでも、いまだに戦争が続いていると錯覚して、自分は以前の通り軍人だと勘違いしている。することなすこと、或る点では戦争中の軍人と変るところがない。(井伏鱒二「遥拝隊長」)

戦争中に、悠一が戦地で怪我をしてから脳を患って送還されたとき、陸軍病院へ悠一の退院を願い出に行ったのは、「将校が帰ってくれば鼻が高い」と考えた近所の人たちだった。

はじめのうち、それほどではなかった悠一の発作は、敗戦が近づくにつれて激しくなり、完全に気違いの発作症状を見せたのは、敗戦後数日たってからである。

部落の人たちは、悠一の病気は、南方の戦地で悪疾に感染した結果だろうなどと推測していたが、そのうちに、あの病気は親譲りの梅毒のせいだということになってしまった。

戦後、悠一の軍隊調の発作を見た者は、「まるで、軍国主義の亡霊じゃ」「化物め、ファッショの遺物」「侵略主義の、ひょうろくだま」と、旧日本軍の再来を目にしたように、悠一を激しく非難するようになる。

もともと、悠一のお袋は家付きで、入り婿だった悠一の父親は、過労と貧困による栄養不足で、悠一が小学校へ上がった年に亡くなってしまった。

悠一のお袋は、宿屋の住込み女中になって必死に働き、悠一が小学校の高等科を出る頃には、ひと息をつける程度にまでとなり、母屋や納戸を改装し、庭の入口にコンクリート造りの厖大な門柱を立てた。

「お宅の門柱は非常に見事だ」と讃め称えた村長が、悠一を幼年学校入学応募生の有資格者として推薦し、やがて、悠一は幼年学校から士官学校を経て、二十二歳で少尉に任官し、マレーに派遣されて小隊長になったのである。

部落の人たちによって戦地へ送り出され、帰還の際も、部落の人たちから歓迎された悠一は、日本の敗戦と同時に「軍国主義の亡霊」「ファッショの遺物」へと豹変する。

もちろん、豹変したのは部落の人々であって、精神に異常を来した悠一は、むしろ時代の変化に柔軟に対応することができないでいるだけだ。

戦争中は日本の軍国主義を非難する者を「非国民」と罵り、敗戦と同時に「軍国主義の被害者」となった多くの庶民が、そこに描かれている。

戦争の実態をあぶり出すために仕掛けられた「おとり」

はじめ、僕は、この物語の主人公を、普通に「遥拝隊長」こと岡崎悠一だと思って読んでいた。

しかし、物語を読み進めていくうち、主人公は悠一ではないということに気が付いた。

岡崎悠一は、戦争の実態をあぶり出すために仕掛けられた「おとり」にすぎない。

岡崎母子のような戦争犠牲者を生み出したものは何だったのか、「遥拝隊長」は、そのことを分かりやすく戯画化している物語だったのだ。

物語の最後に、悠一のお袋が、車井戸で水を汲んでいる場面が出てくる。

鉄の鎖の釣瓶縄を持つ、その井戸は、やはり、悠一のお袋が母屋を改装したり、コンクリートの門柱を立てたりしたときと、同じころに改装されたものである。

甲高く部落中に響き渡る、釣瓶鎖を手繰る音を、村長はやはり讃えた。

「あの音は、遠くからきいておると、まるきり鶴の鳴声に、そっくり生き写しですなあ。鶴、九皋に鳴きて、声、天に聞こゆ、伝々……。これは、目出度いことの意味ですからなあ」そういう、見えすいたお世辞を述べた。それでも悠一のお袋は、当時、近所じゅうに釣瓶の音をきかせるため、必要以上に水汲みをしていたのであった。(井伏鱒二「遥拝隊長」)

悲しいのは、部落の代表者たる村長に持ち上げられて、それを誇りに生きた悠一のお袋だろう。

そして、悠一のお袋のような人々が、当時の日本には、決して少なくなかったのである。

それにしても、時代に迎合する庶民の体質というのは、どんな社会になっても変わらないような気がするなあ。

そういう意味で、「遥拝隊長」は、普遍的な寓話としての資格を持つ作品だと思った。

作品名:遥拝隊長
書名:井伏鱒二自選全集(第四巻)
著者:井伏鱒二
発行:1986/1/20
出版社:新潮社

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庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。