日本文学の世界

十和田操「十和田操作品集」社会的弱者を温かい眼差しで描く現代の民話

十和田操「十和田操作品集」社会的弱者を温かい眼差しで描く現代の民話

十和田操「十和田操作品集」読了。

本書「十和田操作品集」は、1970年(昭和45年)に刊行された、著者自選による作品集である。

この年、著者は70歳だった。

十和田操の小説は現代の民話だ

十和田操の短編小説を読んでいると、ロシアの古い民話を読んでいるような気持ちになる。

例えば、「蝦」は、年越し膳の鯛の腹から蝦が出てきた話。

その由太郎がお年越しの夕、膳についた小鯛の腹から蝦が出て来たので彼は狂喜したように喜んで貧しい一家に景気をつけるために立ち上って箸と皿を持ったまま万歳を叫びながら乱舞するように踊り廻った。(十和田操「蝦」)

しかし、彼の妻は、六人家内で鯛が一匹足らんので、「わたしは無塩魚は嫌い」と言って、自分の皿にだけ秋刀魚をつけて食べているような女だった。

「蝦」には、主人公の父親が、かつて幽霊屋敷に住んでいた話なども披露されているが、一つ一つのエピソードが、まるで民話である。

もっとも、民話が、時代を超えて語られる物語だとしたら、十和田民話は、地域を越えて語られる、田舎の物語だ。

その代表的な作品と言えるのが「有楽街の宿直室」で、都会のオフィスビルの宿直室で語られる田舎伝説みたいな話が、あたかも現代の民話として再構成されているかのようである。

こうした十和田民話に通底しているのが、弱者に寄り添う温かさだろう。

芥川賞候補作「判任官の子」に出てくる子どもたちは、いずれも弱者ばかりである。

主人公は外套も買ってもらえないような貧しい家庭に生まれた経済的弱者であり、<加代ちゃん>は、父親を日露戦争で失った家庭的弱者、金持ちの<三木>は片眼がない身体的弱者だった。

自分の一番好きな作品「屋根裏出身」は、貧乏長屋の屋根裏に下宿していた主人公の物語である。

住んだ経験の無いものは先ずこの長屋を一見して『貧民窟』と言い、流行語の好きな大衆は『太陽の無い街』などと言いたがるだろう。巡査なら「ああ、あの細民長屋かね」と教えてくれる。路地の行き止りに普通の高塀の二倍半も高い板塀をこしらえ長屋の中が見えないようにして、その向側のお邸町に住んでいる人たちは『国会議事堂や、われわれの高貴なお邸町を目にすることの出来る冥加な乞食長屋』と放言しているかもしれない。(十和田操「屋根裏出身」)

十和田操は、こうした社会的弱者に光を当てながら、彼らがひねくれることなく、明るく前向きに逞しく暮らす様子を、生き生きと描き出している。

こうした十和田民話から読者が感じるものは、庶民が生きていく上での笑いと悲しみ、というものだろう。

貧しいのに子供ばかり生まれて困る家で、九人目が生まれたときに「末吉」と名付けた。

しかし、その後も子どもは生まれ続けて「留江(とめえ)」「捨流(すてる)」と名付けられ、親父もとうとう「投太(なげた)」という名前をつけたら、これが当たったらしく最後になった。

そういう話が「屋根裏出身」に出てくる。

馬鹿馬鹿しくて笑ってしまうが、貧しい家庭の生活苦を考えると、これは決して笑い話ではない。

この話が、たくさんの子を持つ未亡人に向かって語られているところが、さらに切ない。

笑い話が切ないのではなく、悲しい現実を笑い話にして流そうとしている、その庶民の姿が切ないのである。

ユーモアとペーソス、十和田操の文学は、やっぱり現代の民話だと思う。

寡作な作家だった十和田操

ところで、十和田操という人は寡作な上に、特別の人気作品もなかったらしく、現代では忘れられた作家になってしまった。

まれに、何かのアンソロジーに作品が収録されることがあるくらいで、作品集の刊行は、1970年に出た『十和田操作品集』が最後だったらしい。

なにしろ、本職は朝日新聞の編集者で、1955年(昭和30年)に定年退職するまで、朝日新聞で働き続けた人だった。

参考までに、十和田操の著作一覧は、次のとおり。

『判任官の子』赤塚書房/1937年(昭和12年)
『平時の秋』竹村書房/1939年(昭和14年)
『屋根裏出身』赤塚書房/1939年(昭和14年)
『美しき果実』真光社/1948年(昭和23年)
『恋の十字架』日京書院/1948年(昭和23年)
『二階のない学校』同和春秋社(昭和少年少女文学選集)/1955年(昭和30年)
『小説の裁ち屑(随筆集)』(風流豆本)附豆本通信11/1958年(昭和33年)
『十和田操作品集』冬樹社/1970年(昭和45年)

決して、忘れられるべき作家ではないので、新しくどこかで作品集を作ってくれたらいいなあ。

書名:十和田操作品集
著者:十和田操
発行:1970/3/20
出版社:冬樹社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。