外国文学の世界

フィッツジェラルド「楽園のこちら側」1910年代を生きる若者の大失恋物語

フィッツジェラルド「楽園のこちら側」あらすじと感想と考察

F・スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」読了。

本作「楽園のこちら側」は、1920年(大正9年)にチャールズ・スクリブナーズ・サンズから刊行された長篇小説である。

原題は「This Side of Paradise」。

この年、著者は24歳だった。

1910年代を生きる若者の大失恋物語

本作「楽園のこちら側」は、気取り屋で虚栄心の強い若者が成長していく過程を描いた青春小説である。

数編の短編小説を発表していたとはいえ、ほとんど無名に近い存在だったフィッツジェラルドは、ベストセラーとなった、この長篇処女作で、作家としての地位を獲得した。

もっとも、ひとつの文学作品としては、プロットが平坦な上に、表現スタイルが安定していないために、非常に読みにくい作品となっている。

特に、第一部は特段の盛り上がりもなく終わるが、最愛の恋人<ロザリンド>に失恋した後の<エイモリー・ブレイン>の破滅的な生き方には感動さえも感じる。

アレックの態度は一貫して中立だ。彼は心の中で、もし二人が結婚すればエイモリーは平凡な人間になり、ロザリンドは惨めになると思っていたが、どちらに対しても大きな大きな同情の念を抱いている。(F・スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」朝比奈武・訳)

結局のところ、この作品は、1910年代を生きる若者の大失恋物語ということに尽きるのだが、エイモリー・ブレインという主人公の生き様を通して、現代アメリカ社会に対する作者の思いが、激しく投影されているところに大きな価値があるのかもしれない。

エイモリーが青春時代を送った1910年代は、戦争の時代である。

もちろん、エイモリーも従軍しているが、特に、戦後アメリカ社会における若者の新たな価値観は、当時の若者たちの共感を集めた。

彼らは最終的に、あの汚れた灰色の混乱の中へと入り込み、恋愛と誇りを追いかける運命にあった。前の世代以上に、貧困に対する恐怖と、成功への憧れに打ち込む新しい世代。大人になれば全ての神は死に、全ての戦争は終わり、そして人間への信頼は全て揺らいでいることに気づくのだ……(F・スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」朝比奈武・訳)

エイモリーが失恋の痛手から立ち直り、再び歩き出そうとするところで物語は終わるが、最後の三行にも、若者の迷いが滲み出ている。

「自分のことは分かってる」彼は大声で言った。「でもそれだけなんだ」(F・スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」朝比奈武・訳)

そして、この迷いは、戦後社会を生きる多くの若者たちの迷いであり、苦悩でもあったのだろう。

青春とは苦しいものであり、自分との戦いであるということを、この物語は思い出させてくれる。

ルパート・ブルックとオスカー・ワイルド

作品タイトル「楽園のこちら側」は、巻頭のエピグラフに引用されているフレーズである。

…楽園のこちら側とは良く言ったものだ……賢者の心にやすらぎはほとんどない。(ルパート・ブルック)

ルパート・ブルックは、1915年に27歳で死んだイギリスの詩人で、第一次大戦を主題とする詩を多く遺した。

ブルックと並んで、オスカー・ワイルドの詩も引用されている。

経験とは非常に多くの人々が、自らの失敗に名前をつけたものだ。(オスカー・ワイルド)

『楽園のこちら側』に登場する主人公エイモリー・ブレインも警句が好きで、随所に警句のようなフレーズが盛り込まれている。

エイモリーとフロッグ・パーカーが考えるに、文学における最高の台詞は「アルセーヌ・ルパン」の第三幕に出てくるものだった。(略)「もし偉大な芸術家にもなれず偉大な兵士にもなれないのなら、次になるべきは偉大な犯罪者だ」(F・スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」朝比奈武・訳)

この「警句が好きな少年」というところに、エイモリーという気取り屋の、一つの傾向が暗示されている。

さらに、エイモリーは非常に文学を愛する青年だったから、本書には多くの文学者たちの名前が登場している。

巻末には、訳者による214の簡単な訳注が付いているが、本来ここにある作家の作品をきちんと読んでいれば、作品に対する理解は一層深まるのかもしれない(自分には不可能だけれど、、、)。

細かいところだが、広告代理店に就職したエイモリーが会社を辞めるシーンがある。

「とにかく嫌になったんです」エイモリーは無作法に言葉を遮った。「ヘアベルズの小麦粉が他のどの店のよりも良いの良くないのって、僕にはそんなことどうでも良かったんです。実際、一度も食べたことはありませんでしたし──」(F・スコット・フィッツジェラルド「楽園のこちら側」朝比奈武・訳)

この場面は、村上春樹『羊をめぐる冒険』を思い出させる。

マーガリンの広告を作っている主人公が、「マーガリンは嫌いなんだ」とかなんとか言う場面である。

こういうちょっとした場面に、村上春樹という作家を創り上げてきた栄養素のようなものを感じることができて楽しかった。

書名:楽園のこちら側
著者:F・スコット・フィッツジェラルド
訳者:朝比奈武
発行:2016/04/01
出版社:花泉社

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やまはな文庫
アンチトレンドな文学マニア。出版社編集部、進学塾講師(国語担当)などの経験あり。推しは、庄野潤三と小沼丹、村上春樹、サリンジャーなど。ゴシップ大好き。