平中悠一「She’s Rain(シーズ・レイン)」読了。
本作「シーズ・レイン」は、1985年(昭和60年)に河出書房新社から刊行された長篇小説である。
この年、著者は20歳だった。
第21回(1984年度)文芸賞佳作。
『POPEYE』に出てくるアイビールックのシティボーイ
本作「シーズ・レイン」は、高校生男子の目線によって描かれた青春小説である。
この作品を執筆したとき、著者は17歳だったというが、どうにもオシャレすぎる。
クラシックなデザインのオックスフォードのボタン・ダウン・シャツを着ている。あきらかにオーヴァー・サイズだ。武骨なつくりが女の子のやわらかさをかえって強調してる感じ。「ユーイチにもらったやつ。わかるでしょ」(平中悠一「シーズ・レイン」)
レイコが着ているシャツは、かつてユーイチのものだったブルックス・ブラザーズのシャツだ。
どうやらユーイチは、1980年代草創期の『POPEYE』に出てくるような、アイビールックのシティボーイ的男の子らしい。
泥酔したユーイチは、一人暮らしのレイコのアパルトマンで寝こんでしまったのだが、別に、二人は恋人同士というわけではない。
かつて、ユーイチが告白して、あっさりとフラれてからは、仲の良い友だちのような関係になっている。
今風に言えば「友だち以上恋人未満」ということになるのだろうか。
ユーイチは、今、アニエス・ベーのシャツを着ている。
ファッションが好きだったけれど、男のコが外見に気をつかうなんてむなしいことだから、彼らは陰でこそこそとお洒落している。
店の前に置いてあるピンボール・マシンをけっとばす男のコの、紐のほどけたテニス・シューズ。ティルト。ティルトのランプ。へしゃげたシュリッツの罐。それぞれのちっぽけな心に、めいっぱいのハートブレイクを抱えこんだまま。ざわめき。ざわめき。ざわめき。(平中悠一「シーズ・レイン」)
オシャレな文章は、どことなく佐野元春的に1980年代チックだ。
ウディ・アレン的で佐野元春的な青春小説
女の子と出会うたびに「かあいいね」なんて言っているユーイチは、レイコの微妙な変化に気付かない。
二人はいつまでも友だちのままだと思い込んでいる。
あるいは、思い込んでいたかったのか。
僕達は男のコ同士みたいに冗談や皮肉をいい合った。レイコはサヴィだ。僕はウィットのある男のコだと自負しているが、レイコも負けてはいなかった。(平中悠一「シーズ・レイン」)
繰り返されるデートごっこ。
最後までユーイチは、友だちであることを貫き通す。
そんなユーイチに、レイコは耐えることができなかったのだろう。
作品名の「She’s Rain(シーズ・レイン)」は、雨の日のデートの思い出に由来するものだ。
でも、雨そのものは素的だ。街の景色が雨のフィルターをとおすと、とてもやわらかにみえる。ざわめきも雨の音と溶け合い、車のクラクションの音にさえ優しさを与える。傘の中は雨のカーテンに包まれて、外界の時の流れから遮断されているみたいだ。(平中悠一「シーズ・レイン」)
たった一度だけのキス(それも頬に)。
この辺りの雰囲気は、ウディ・アレンの映画を思わせる。
昔で言えば『アニー・ホール』(1977)で、最近で言えば『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2019)。
もしかすると、この作品は、ウディ・アレンの映画に影響を受けているのかもしれない(そして、佐野元春的なエッセンスがミックスされている)。
ラストシーンで、女の子と永遠に離れてしまう場面も、ちゃんと切ない。
ユーイチに見切りをつけて旅立ってしまうレイコの、なんとハンサムなことか。
高校生の恋愛小説なんて、こんな感じでいいと思う。
結局、何も起こらなかったけれど、さざ波のような揺らめきは、彼らの青春そのものだったはずだ。
書名:She’s Rain(シーズ・レイン)
著者:平中悠一
発行:1993/4/5 新装版
出版社:河出文庫