日本文学の世界

尾崎紅葉「金色夜叉」恋人に捨てられて狂った男の大失恋物語

尾崎紅葉「金色夜叉」あらすじと感想と考察

尾崎紅葉「金色夜叉」読了。

本作「金色夜叉」は、1897年(明治30年)1月から1902年(明治35年)5月まで『読売新聞』に連載された長編小説である。

連載中途で著者が病死(胃がん)したため、作品としては未完。

死亡時、著者は35歳だった。

女性にフラれて発狂した男の大失恋物語

本作『金色夜叉』は、最愛の女性にフラれて精神に異常をきたした若者の大失恋物語である。

孤児の<間貫一>は、我が父を恩人とする<鴫沢家>で育てられる。

貫一は、鴫沢家の一人娘<鴫沢宮>(お宮さん)と恋に落ち、二人は両親公認のもと、将来を誓い合う。

ところが、貫一の卒業を待って結婚しようと考えていたところ、突然に銀行の御曹司<富山唯継>が現れて「宮を嫁に寄こせ」と言い始める。

宮の両親は、大事な一人娘を孤児の貫一なんかにやることはない、金持ちと結婚させてしまおう、貫一は洋行(海外留学)でもさせてしまえば何も問題はない、などと考えて、宮を説得する。

宮は宮で、ダイヤモンドを持った金持ちが、自分にプロポーズしてくれたと知って有頂天になり、あっさり貫一を捨ててしまう。

「ああ、宮さんこうして二人が一処にいるのも今夜限だ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜限、僕がお前に物を言うのも今夜限だよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」(尾崎紅葉「金色夜叉」)

逆上した貫一は、取りなす宮を足蹴にして、そのまま行方不明になってしまう。

「今月今夜のこの月を僕の涙で曇らしてみせる」の名言は、二人が別れた熱海でのもの。

もっとも、物語は、ここからが本篇で、女に捨てられて傷心の貫一は、四年後、鬼の高利貸しとなって再登場する。

一方の宮は、憧れの玉の輿ライフを満喫できず、いつまでも貫一のことを思い煩っていた。

なにしろ、「貫一が不便だと思って、頼む! 頼むから、もう一度分別をし直してくれないか」「宮、おのれ、おのれ姦婦、やい!」「ちええ、膓の腐った女! 姦婦!!」などと壮絶な修羅場を繰り広げたんだから、トラウマにならないわけがない。

物語は、お宮絶対に許すまじ!と怨念の鬼になって金貸しを続ける貫一と、どうにか貫一とよりを戻そうとあくせくする宮との駆け引きの中で展開していく。

本作「金色夜叉」は、金と女に裏切られて発狂した男と、金に目がくらんで男を捨てたがためにメンタルを病んだ女の、悲劇の物語である。

芝居がかった本文こそが「金色夜叉」の最高の魅力

本作「金色夜叉」を読んでひとつ感じたことは、失恋は男を強くするんだなあということである。

なにしろ、ぼんやりとした学生だった貫一が、宮に捨てられたがために発狂して、物事に動じない鬼の高利貸しになってしまうんだから、失恋の力はすごい。

タイトルにある「夜叉」は「鬼」のことで、「金色の鬼」というのは、「金に狂った鬼」ということだろう。

すごくいいタイトルなんだけれど、物語の中の貫一は、実はそこまで鬼になりきれていない。

感情を殺し、優秀な金貸しとして経験を積んでいくものの、実は自分の仕事に誇りを持てない真人間である。

「狂人とも思っている。一婦人の為に発狂したのは、君に対して実に面目ないけれど、既に発狂してしまったのだから、どうも今更しようがない。折角じゃあるけれど、このまま棄置いてくれ給え」(尾崎紅葉「金色夜叉」)

金貸しは狂った人間のやることだと理解しているんだから、貫一は、正常である。

むしろ、狂っているのは、金に目がくらんで、一人娘を御曹司に差しだした宮の両親だろう。

家柄の異なる娘が、そんな資産家へ嫁いだらどうなるか、少しくらい心配しそうなものである。

なんだかんだと理論武装して自分たちの立場を正当化しようというあたり、「所詮は悲しき小市民よ」と失笑せずにはいられなかった。

ところで、この「金色夜叉」は、地の文章が昔風の文語体で書かれていて、すごく読みにくい。

だけど、おかしな現代語訳なんかで読むと、この作品の醍醐味は半分以上損なわれてしまうので、ぜひ原文で読むことをおすすめしたい。

多少は理解しづらいだろうけれど、別に純文学であるじゃなし、大方の筋をつかめばそれで十分。

と言うよりも、この芝居がかった本文こそが、「金色夜叉」という小説の最高の魅力なのだ。

又激く捩合う郤含(はずみ)に、短刀は戞然(からり)と落ちて、貫一が前なる畳に突立ったり。宮は虚さず躍り被りて、我物得つと手にすれば、遣らじと満枝の組付くを、推隔つる腋の下より後突きに、つかも透おれと刺したる急所、一声号びて仰反ぞる満枝。鮮血! 兇器! 殺傷! 死体! 乱心! 重罪! 貫一は目も眩くれ、心も消ゆるばかりなり。宮は犇(ひし)と寄添いて、「もうこの上はどうで私はない命です。お願ですから、貫一さん、貴方の手に掛けて殺して下さい」(尾崎紅葉「金色夜叉」)

リズム感ある文章は、声に出しながら読んでいくと、まるで自分が昔の講談師でもなったかのようで楽しい(笑)

100パーセントのエンターテイメント小説なんだけれど、そんな物語の中にこそ、庶民の真実があるのではないだろうか。

残念ながら未完なのでオチはなく、回収しきれていない伏線も多い。

それでも、一つの物語として納得できるのは、宮の悔悟を知った貫一が、少しずつ真人間に戻り始めたところで、物語が終わっているからだろう。

これはこれで一つの結末と考えれば、まあ、納得できないこともない(なにしろ、長いからね)。

今回は岩波文庫版で読んだけれど、注釈がまったくないのが寂しかった。

新潮文庫版にはあるのかな、注釈。

古い小説を読むときには、巻末に注釈があるかどうか、注釈が充実しているかどうか、確認してから買った方がいいね。

作品名:金色夜叉
著者:尾崎紅葉
発行:2003/05/16 改版
出版社:岩波文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。