日本文学の世界

小沼丹「黒いハンカチ」若い女性教師はなぜ爽やかに謎解きをするのか

小沼丹さんの「黒いハンカチ」を読みました。

ユーモア溢れる癒し系ミステリーの世界へようこそ。

書名:黒いハンカチ
著者:小沼丹
発行:2003/7/11
出版社:創元推理文庫

作品紹介

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「黒いハンカチ」は、小沼丹さんの短篇連作ミステリー小説です。

あとがきでは「茲に収めた作品は、昭和32年4月から33年3月迄、雑誌『新婦人』に読切連載」と云う形式で発表したものである」と紹介されています。

新保さんの解説によると「初出(新婦人)では、毎回、永田力氏の挿絵二葉を付して掲載され、「ある女教師の探偵記録」という角書が各回タイトルに付されていた」そうです。

スリルがあってユーモラスで、そして主人公は英雄的な名探偵ではなく、どこにでもいる若い女性…だが、彼女の鋭いカンは、とぼけながら次々と事件を解決してゆく―そんな物語があったらいいなと思われませんか? この軽妙な新連載小説にご期待ください。(第一回「指輪」ルーブリック)

単行本は、1958年(昭和33年)8月に三笠書房から刊行されていますが、新保博久さんは、その解説の中で「『黒いハンカチ』が八月に刊行された一九五八年という年が、戦後二度目の推理小説ブーム(一度目は横溝正史、高木彬光らによる本格推理の黄金時代)の興った時期であることに注目しておきたい」と指摘しています。

同じく、新保さんの解説によると、本作主人公のニシ・アズマは「珍しい純粋観察型の探偵」「事件が起こる前から観察を始めていて、そこから推理を組み立てる」「犯罪の発覚以前から何かが起こるのを予知しているのはブラウン紳士的」だということです。

また、昭和33年の古い小説が平成15年に文庫化されたことについて「半世紀近く経って、今こそ文庫化される時宣を得た」「「懐古的」ではあっても、古びて意味不明になっている部分はほとんどない」と紹介されています。

書名の「黒いハンカチ」は、全十二話の中の一遍のタイトルです。

あらすじ

小沼さんの「黒いハンカチ」は、A女学院の若い女性教師ニシ・アズマが主人公の連作短篇ミステリー小説です。

日常生活の中で発生する奇怪な事件を、ニシ・アズマが解決していく物語ですが、解説の新保さんは「十二話中、殺人がなく窃盗や詐欺事件であるのが半数を占める(一編は犯罪ですらない)が、殺人のような凶悪犯でなければ放免してやるのがしばしば」「普通の犯罪事件を扱っているが、味わいとしては不思議に(北村薫と)通ずるものがある」「殺害動機など、生臭い部分は巧妙に叙述が避けられている」と指摘しています。

目次///指環/眼鏡/黒いハンカチ/蛇/十二号/靴/スクェア・ダンス/赤い自転車/手袋/シルク・ハット/時計/犬///あとがき(新保博久)

住宅地の高台に建つA女学院――クリイム色の壁に赤い屋根の建物があって、その下に小さな部屋が出来ていた。屋根裏と云った方がいいそこがニシ・アズマ女史のお気に入りの場所だった。ちっぽけな窓から遠くの海を眺め、時には絵を描いたりもしたが、じつは誰にも妨げられずに午睡ができるからだった。だが、好事魔多し。そんな彼女の愉しみを破るような事件が相次ぐ。そしてニシ先生が太い赤縁のロイド眼鏡を掛けると、名探偵に変身するのだ。飄飄とした筆致が光る短編の名手の連作推理。(カバー文)

なれそめ

小沼丹という作家の名前を、僕は庄野潤三さんの随筆の中で知りました。

小沼さんの作品を初めて読んだのは「小さな手袋」という随筆集で、小説を読むのは「黒いハンカチ」が初めてです。

小沼丹「小さな手袋」日常の小さなエピソードも感動的な物語になる
小沼丹「小さな手袋」日常の小さなエピソードも感動的な物語になる庄野潤三さん繋がりで、小沼丹さんのエッセイ集「小さな手袋」を読みました。 心温まる「小さな物語」がいっぱいです。 書名:...

たまたま古本屋で見つけて購入したのですが、家に帰ってから2003年の発行であることを知りました。

自分は「推理小説」とか「ミステリー小説」とかについての知識はほとんどありません。

小説はジャンルで読むよりも、時代に着目して読むことが多いためで、いろいろなジャンルの小説を読む中で探偵小説を読むこともある、そんな程度の読書量です。

「黒いハンカチ」は、久しぶりに読むミステリー小説でした。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

その眼鏡を掛けると先生の器量が三分の一は割引されるから止めた方がいい、と婆さんは忠告した

玄関を出るとき小使の婆さんにあった。婆さんは、ニシ・アズマが太い赤い縁のロイド眼鏡なんか掛けているのを見ると、狼狽てて呼び留めて、その眼鏡を掛けると先生の器量が三分の一は割引されるから止めた方がいい、と毎度の忠告を繰返した。(「指輪」)

主人の女性教師ニシ・アズマのトレード・マークは「太い赤い縁のロイド眼鏡」

ただし、ニシ先生はいつでも眼鏡を着用しているのではなく、何か事件が発生したときにだけ、このロイド眼鏡を取り出して掛けます。

つまり、赤いロイド眼鏡は、彼女が探偵に変身したことを示す小道具なのです。

もっとも、この眼鏡を掛けると「美人とは云えぬが愛嬌のあるニシ・アズマの可愛い顔にその眼鏡は似合わなかった」ようで、街の中でも、若い男性は「あんな眼鏡取りゃ、なかなかいけるぜ」なんて、ニシ先生を批評しているのですが、ニシ先生にとって、このロイド眼鏡は決して欠くことのできない探偵ツール、なんと言われようと「ニシ先生は一向に平気らしかった」というところが、なんともおおらかで癒されます。

電話を掛けて通じているのに誰も出て来ないって云うときは、何だか変な気がするもんじゃないかしら?

大体電話を掛けて通じているのに誰も出て来ないって云うときは、何だか変な気がするもんじゃないかしら? 何だかとっても虚ろな気持がして…(「赤い自転車」)

ニシ先生の謎解きは極めて簡潔で、まるで謎解きクイズをしているかのように、あっさりとしています。

ページ数が限られている短篇小説ということや、掲載雑誌の読者層が本格ミステリーを望んでいるものではないという事情などがあったためでしょうか。

トリックらしいトリックもないので、いわゆる「推理小説」を期待して読むと、見事に裏切られる可能性があります。

そして、ニシ先生の物語は、ひとつの青春小説と呼んでもいいくらいに、あくまでも爽やかで、ありがちなドロドロした肉欲とか骨肉の争いとか、そんな人間模様も描かれていません。

殺人事件さえ爽やかに謎解きしてしまうニシ先生の明るさってすごいと思いました。

裏通りの多くの酒場もクリスマスを盛大に祝っていた

斯くも多くの群衆が浮れている国民的祭典と思われたものは、実はクリスマスであって、その夜は申す迄も無くクリスマス・イヴに他ならなかった。だから、街に氾濫するメロディも「ホワイト・クリスマス」であり、「ジングル・ベル」であり、「聖しこの夜」等であった。(「手袋」)

あとがきの中で、著者の小沼さんが「第一話の『指環』から『犬』迄、季節の推移を追って話が進行する」と書いているとおり、「黒いハンカチ」ではそれぞれの短篇ごとに季節感がしっかりと描かれています。

月刊誌連載小説ならではというところですが、季節感を楽しみながら読むことができるのは、小説のちょっとした醍醐味だと思います。

本書はまた昭和30年代初頭の物語なので、登場する文化・風俗もなかなか読みごたえがあります。

特にクリスマスの盛り上がりは、現代以上だろうと思われるもので、敗戦から10年が過ぎて、高度経済成長に入ろうとしていた時代、人々がいかに前向きであり、そして、未来に希望を抱いていたかということを感じさせてくれます。

僕が昭和中期の小説を好んで読むのは、そんな未来志向な時代に憧れているせいかもしれませんね。

読書感想こらむ

「黒いハンカチ」という重苦しいタイトルとは全然違って、内容は軽くて爽やか。

複雑な人間関係や難解なトリックもなくて、「ああ、こういうミステリーもあるんだなあ」と、何だか感心してしまいました。

若い女性教師が主人公というのも、赤川次郎のユーモア・ミステリーを連想させますが、時代の違いなのか、「黒いハンカチ」のニシ先生は至って控えめで奥ゆかしい存在。

どちらかというと、モブ的なキャラクターですが、いざ事件が起きると、たちまち主人公に収まってしまうところがおもしろいと思いました。

ミステリーマニアの、こんな女性が、なんとなく周りにもいそうですよね。

まとめ

小沼丹の「黒いハンカチ」は、明るくて爽やかなユーモア・ミステリー。

気軽に読める連作短篇集なので、ちょっとした息抜きにおすすめ。

昭和30年代のおおらかな時代性にも注目です。

著者紹介

小沼丹(小説家)

1918年(大正7年)、東京生まれ。

早稲田大学で教鞭を取る傍ら執筆活動を行う。

「黒いハンカチ」刊行時は40歳だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。