日本文学の世界

小沼丹「連翹」小山清の思い出(井伏鱒二・太宰治・吉岡達夫が登場)

小沼丹「連翹」あらすじと感想と考察

小沼丹「連翹」読了。

本作「連翹」は、1982年(昭和57年)1月「文芸」に発表された短篇小説である。

この年、著者は64歳だった。

作品集としては、1986年(昭和61年)9月に講談社から刊行された『埴輪の馬』に収録されている。

井伏鱒二に紹介された小山清

本作「連翹」の主人公は、作家の小山清である。

小沼丹の小説では、昔懐かしい人間を追憶するような内容のものが多い。

「連翹」は、小山清を偲ぶ短篇小説だ。

大分古い話になるが、或る日、清水町先生のお宅を訪ねたら、庭に朱い百合の花が咲いていて、座敷には知らない男が先生と対い合って坐っていた。坊主頭の髪の毛が少し伸び過ぎた感じで、古ぼけた黒羅紗の詰襟服を着ていて、どう云う人か見当が附かない。口不調法なのかもしれない、先生が何か云われるのに、ええ、とか、「──そう、そうです」とか言葉尠く応じていた。(小沼丹「連翹」)

清水町先生(井伏鱒二)は、「太宰君の弟子だ」と言って、小山清を紹介してくれたという。

「多分、太宰さんが亡くなってから、一年ぐらい経った頃ではなかったかしらん?」と、小沼さんは回想している(太宰治は、1948年(昭和23年)に自殺)。

太宰治を紹介してくれたのも、やはり井伏鱒二で、井伏鱒二の自宅で、青柳瑞穂と飲んでいるときに、ふらりと太宰が現れたこともあった。

井伏さんが「──うちで酒を飲んでいると、太宰が現れるんだが……」と言ったところで、本当に太宰が現れたので、青柳さんも「──へえ、偉いもんだね……」と感心していたという。

三鷹にある太宰治の自宅を訪ねたとき、「──僕の所へ来る若い人で、新聞配達をしながら小説を書いている人がいるが、たいへんいいものを書く」と、太宰が言った。

だから、清水町先生のところで、初めて小山清を紹介されたとき、「ああ、あの人だな」と、小沼さんはすぐに合点が行ったらしい。

正月に清水町先生の自宅へ仲間が集まっているとき、隣に座っている小山清に酒を勧めたのが、親しく口を利いた始まりだった。

このとき、小山清は飲めない酒を無理に飲んで、苦しくなってしまったとある。

小山清が井の頭公園の近くへ引っ越してきたとき、吉岡達夫と一緒に遊びに出かけた。

もう一つ憶えているのは、小さな本棚に本が並んでいるが、その一冊一冊に小山さんの愛情が籠っているように見えたことである。一冊一冊が、大事にされている本と云う顔で並んでいて、この感じは悪くなかった。(小沼丹「連翹」)

小さな本棚に大切な本が並んでいるところは、いかにも小山清らしい感じがするし、小さな本棚を記憶しているところが、また、小沼丹らしい。

 

甲州の御坂峠に太宰治の文学碑が建つことになったとき、その敷地と石を見に行こうと、清水町先生に誘われたので、小山清、吉岡達夫と一緒に随いて行った。

年譜には、1953年(昭和28年)7月のところに「山梨県御坂峠に井伏鱒二らと太宰治文学碑の敷地の下見に出かけ」とある。

峠の茶屋で弁当を使っているとき、清水町先生が「──茲は泊るには退屈だが、通り過ぎるには惜しい所だ」と言ったのを聞いて、小沼さんは「ははあ、鶏肋だな」と思う場面がいい。

鶏肋とは、井伏さんによると「これを存するは恥ずべく、これを捨つるは惜しむべし」ということになるらしい。

何年か経って、久し振りに小山清と再会したとき、小山清は失語症という病気になっていた。

その后どのくらい経った頃か忘れたが、吉岡と小山さんの関町の家を訪ねたことがある。散歩がてら遊びに行ったのではない。小山さんの奥さんが亡くなったので、弔問に行ったのだが、小山さんは部屋の隅にしょんぼり坐っていて、此方の言葉が聞えたかどうか判らない。奥さんは自殺したと聞いたが、詳しいことは何も知らない。(小沼丹「連翹」)

「小山さんは部屋の隅にしょんぼり坐っていて」というところが切ない。

奥さんが死んでも葬式の準備をする人がいないというので、吉岡が某出版社の石井君と二人で、近くの寺へ行って頼んだという。

小山清が死んだのは、1965年(昭和40年)3月6日のことだ。

大学入学試験の採点が終わって荻窪で飲んでいると、清水町先生が四、五人連れで入ってきた。

何か会でもあったのかと思って、「──今夜は何ですか?」と訊くと、「──小山君の所へ行って来たんだ」と先生が云った。続いて吉岡が、小山さんが今日死んだんだ、と云ったからたいへん驚いた。何だ、君は知らなかったの? と先生は云われたが、無論、何も知らない。(小沼丹「連翹」)

帰りの自動車の中で、吉岡達夫が花の話をする。

小山さんの家の庭に黄色の花がたくさん咲いていたらしい。

「──そりゃ、連翹じゃないかな。あれはいま頃咲くから……」

何だか、大きな黄色の花環が見えたような気がする、という最後の一文がいい。

享年53歳。

小沼さんは、この年、47歳だった。

そして、17年後となる64歳の年に、懐かしい小山清を回想する小説「連翹」が発表される。

井伏鱒二の自宅で、初めて小山清に会ってからは、30年以上の歳月の流れていた。

30年間という時間の流れを、短篇小説の中にさらりとまとめてしまう凄さが、小沼丹の作品には感じられる。

短篇小説だからこそ凄いのだろう。

作品名:連翹
著者:小沼丹
書名:埴輪の馬
発行:1999/03/10
出版社:講談社文芸文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。