日本文学の世界

木山捷平「新編 日本の旅あちこち」旅行雑誌を拾い読みしているような紀行集

木山捷平「新編 日本の旅あちこち」旅行雑誌を拾い読みしているような紀行集

木山捷平「新編 日本の旅あちこち」読了。

本作「新編 日本の旅あちこち」は、2015年(平成27年)に講談社文芸文庫から刊行された紀行集である。

本来の「日本の旅あちこち」は、1967年(昭和42年)に刊行されたものだが、今回の文庫化にあたって増補されている(だから「新編」)。

「日本の旅あちこち」刊行時、著者は63歳だった。

旅行雑誌を拾い読みしているような紀行集

三連休に引き籠っているのはどうかと思いつつ、書棚から木山捷平の『新編 日本の旅あちこち』を取り出してきて読んだ。

休日恒例の「読書の旅」である。

『新編 日本の旅あちこち』はタイトルのとおり、北海道から九州まで、日本各地の訪問記が収録されているから、この一冊で日本全国旅行の気分を楽しむことができる。

全29編のうち、北海道が7編で一番多い(2編の詩を含む)。

木山捷平の素朴な人柄が、北国の旅情を好んだのだろうか(本人は岡山県出身)。

人柄をそのまま反映しているのか、木山捷平の作品は紀行文まで純粋である。

豊平橋は岩野泡鳴が樺太の缶詰事業に失敗して、北海道までひきかえしてここで色女と心中をこころみて失敗した場所である。明治年間のおもかげは失われて、橋はかけかえの工事中であった。橋のなかった時代には渡し舟でわたしていたのだそうで、その渡し守か誰かの碑が橋畔に建っていた。札幌に最初に住んだ三人の中の一人だということだった。(木山捷平「銀鱗御殿の哀愁」)

「その渡し守か誰かの碑が橋畔に建っていた」「札幌に最初に住んだ三人の中の一人だということだった」と、紀行文にしては情報がはなはだ不親切で、こうした姿勢は全編に一貫している。

木山捷平の旅行記は、記録ではなく記憶に残ったものを綴るスタイルだったのだ。

だから、本人の記憶に残りやすい「女性」についての記述は、殊更に目立つ。

北海道行きの寝台列車で道連れになった人妻、美国のバス営業所の窓口の美少女(といっても十七、八歳)、積丹町役場の当直の美少女(といっても十七、八歳)、登別の第一滝本館の大浴場の女性客、根室行きの列車内で出会った女子高生、遠藤周作が「北海道随一の美人」と称した根室の小娘、八幡平の蒸しの湯で横に寝た三十過ぎの女、甲州下部温泉で一緒に入浴した十三四くらいに見える少女、、、

必要な情報が少ない割に、そういったことだけはこまめに書き込まれているからおかしい。

あるいは、掲載誌を考慮しての読者サービスだったのかもしれないが、等身大の筆者の目線が自然体で綴られていると考えた方が納得がいく。

読者サービスを意識していたら、旅先の料理についても詳しい記述があって良さそうなものだが、木山捷平は「私は食べものには一向に無頓着な方である。出されたものなら何でも食べる」と、頭から食レポを放棄している。

根室で食べたタラバガニについても「たいへんおいしく頂戴したが、どんなにおいしかったか言ってみろと言われても、私は困るのである」「話に夢中になっていて味の方は忘れてしまった」となっているくらいだ。

出版社も、こんな作家によく旅行記を依頼したものだと思わずにいられないが、こうしたとぼけた文章もまた、昭和の読者が好んだ「木山捷平の味」だったのだろう。

難しい話は書かれていないから、寝転がってのんびりと読み進めるのに、ちょうど良い紀行集である。

なんだか、旅行雑誌を拾い読みしているような気になった。

あと、本書に収録されている詩2編は、どちらもいい。

どちらも北海道を題材にしているところもいい。

のんびりとおおらかな昭和の旅行

『新編 日本の旅あちこち』に収録されている随筆は、昭和30年代から40年代にかけての作品が中心である(昭和40年前後が特に多い)。

本書を読んで感じるのは、昭和という時代のおおらかさである。

出発時刻の何時間も前から駅のホームに座り込んで宴会を楽しんでみたり、温泉の男湯に女性客が平気で入ってきたり、アポなしで市長と面談してみたり。

いずれも、現代では常識外れだと思われそうなことが、普通に出てくる。

木山捷平という作家の大らかな人柄が反映されているとも思われるが、こうした旅行記が、雑誌に掲載されていたのだから、やはり時代性ということは大きいだろう。

移動に要する時間も現代とはかけ離れているけれど、こういうのんびりとした旅行こそが、本当の意味での旅行だったのかもしれない。

書名:新編 日本の旅あちこち
著者:木山捷平
発行:2015/4/10
出版社:講談社文芸文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。