日本文学の世界

眉村卓「ねらわれた学園」ファシズム台頭に警鐘を鳴らす学園SF小説

眉村卓「ねらわれた学園」読了。

本作「ねらわれた学園」は、1973年(昭和48年)に刊行されたSFジュブナイル小説である。

1981年(昭和56年)、薬師丸ひろ子主演で映画化された。主題歌は、松任谷由実の「守ってあげたい」。

ファシズムの台頭に対する警鐘が大きなテーマ

SFジュブナイル小説の名作として名高い「ねらわれた学園」は、ファシズムの台頭に対する警鐘が、大きなテーマとなっている。

主人公の<関耕児>と<楠本和美>の通う<阿倍野第六中学校>では、生徒会活動が活発化していた。

その頃、阿倍野第六中では、学校の管理教育を批判するようないたずらが横行しており、新たに生徒会長に就任した<高見沢みちる>は、そうしたいたずらを徹底的に取り締まろうと、生徒会活動としての「校内パトロール制度」を導入する。

彼らは、校則に違反した生徒を厳しく取り締まり、彼らの活動はたちまちエスカレートしていった。

耕児から話を聞いた父は、学校の生徒会活動に危惧を抱く。

「取り締まるものと取り締まられるもの、正しいものとそうでないものを、どういう基準で決めるんだね?、こういうことは、ひとりでにエスカレートする。生徒たちはいまのところ、そのパトロールなるものが、正しい側に立っているように考えているのだろうが、やがて、正義の名のもとに、いろんなことがおこなわれるようになる。みんなはそのたびに、まあこの程度まではしかたがないと一歩ずつ譲歩し、あるときはっと気がつくと、身動きできなくなっているんだ。それがファッショというものだ」(眉村卓「ねらわれた学園」)

もちろん、厳しい取り締まりには、何らかの力が必要だが、生徒会長の高見沢みちるは、不思議な力を使った。

それは、まるで超能力と呼ぶしか説明がつかないような不思議な力だった。

心臓が……しめつけられるような感じだった。痛いのだ。痛むのだった。そして……彼は、目を見た。高見沢みちるの目だ。じっと、こちらを、まばたきもせずに、にらんでいるのだ。痛い。彼は、胸をおさえ、ひざをついた。(眉村卓「ねらわれた学園」)

そして、耕児たちのクラス<二年三組>と高見沢みちる率いる生徒会との対立が激しくなっていったとき、あの不思議な少年が現れたのだ、、、

社会的テーマを「SF(空想科学小説)」という舞台で表現している

「ねらわれた学園」は、中学校を舞台に、取り締まる者と取り締まられる者との対立を描いたSF小説である。

1934年(昭和9年)生まれの眉村卓は、幼少期に太平洋戦争を経験しており、それは、日本の中で軍国主義が激しく台頭してきた時代と重なる。

高見沢みちる率いる生徒会は、彼らの論理によるところの合法的な方法によって、関講児と楠本和美が在籍する<二年三組>を駆逐しようとする。

授業妨害、部活動からの除名、、、

どんなに無茶苦茶な理屈であっても、彼らは自分たちの行動を正当化し、超能力という信じがたい武力によって、学校を制圧しようとしていた。

学校内には、生徒会活動を公然と批判することができない空気が生まれ、その姿は、いかにも戦時下の日本社会そのものだ。

ここで注意しなければならないことは、学校を統制しようとしている力の背景には、破産しようとしている未来の文明社会があった、ということである。

「われわれの時代は、文明が破産しようとしている」少年は、むしろおだやかないいかたでつづける。「混乱と無秩序がすべてをおおい、どうしようもない。そして……こうなったのも、もとはといえば、過去の時代に、ひとりひとりの人間が自由や権利を主張し、勝手なことをやろうとした、その積み重ねがまねいたことなのだ」(眉村卓「ねらわれた学園」)

未来から来た少年の言葉は、1960年代末の日本に吹き荒れた学生運動の嵐を思い起される。

このとき、楠本和美は「まちがっているのはそちらよ! 人間は人間として生きるために文明を生み出したんだわ! 文明を守るために人間があるんじゃないわ!」と強く反論するが、これは、日本社会そのものが向き合わなければならない、大きな社会的なテーマだったと言えるだろう(「混乱と無秩序」は、「公害や環境破壊」という言葉に置き換えることもできる)。

事件が収束したときに、耕児の父は一連の生徒会活動を総括してみせる。

父はいうのだった。「いや、私にすれば、それは超能力であろうとなんであろうとかまわない。理不尽な力で、一見理屈に合っているようなことを押しつけてくるものならなんでもいいのだ。それは、いつの時代、どんな場合にでも、長い準備時間をかけてひそかに用意され、一挙にあらわれて、われわれを制圧する。そして、それが組織化されているものであるがゆえに、あと、長く、猛威をふるうのだ」(眉村卓「ねらわれた学園」)

父の言葉は続く。

「それに対する抵抗の多くが、短期的で、息がつづかないというのも、また、歴史的事実だ。おまえたちも、やがて息切れするときがくる。そのとき、また別の者がバトンを受けついで抵抗しなければならない。私は……いずれ、そのバトンを受け取ることになるだろうと思っていた。——幸か不幸か、そのチャンスは来なかったがね」(眉村卓「ねらわれた学園」)

「ねらわれた学園」は中高生を対象としたジュブナイル小説なので、文章も図式も解りやすい。

それゆえに誤解されがちな部分もあるかもしれないが、これは社会的なテーマを「SF(空想科学小説)」舞台で表現した、歴とした文学作品であると思いたい。

ありそうで、意外とないんだよね。

こういうちゃんとした小説って。

ちなみに、これ(「ねらわれた学園」)を難解な文章で長く書いたら、村上春樹になるかもしれない。

書名:ねらわれた学園
著者:眉村卓
発行:1976/7/30
出版社:角川文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。