日本文学の世界

日本経済新聞社「名作のある風景」旅行ガイドのような文学ガイド

日本経済新聞社「名作のある風景」旅行ガイドのような文学ガイド

日本経済新聞社「名作のある風景」読了。

本書は、日本各地に残る小説の舞台を、文章とカラー写真で紹介したものである。

旅行案内のような文学案内

本書の構成上の大きな特徴は、「北海道・東北」「関東」「中部・近畿」「中国・四国・九州・沖縄」というように、日本を四つのブロックに区切っていることである。

例えば「北海道・東北」には、有島武郎『カインの末裔』(北海道・ニセコ高原)や水上勉『飢餓海峡』(青森県・仏ヶ浦)、宮沢賢治『風の又三郎』(岩手県・北上山地)などが登場している。

「関東」編では、村上春樹『ノルウェイの森』(東京都・早稲田)や立原正秋『残りの雪』(神奈川県・鎌倉)、武田百合子『富士日記』(富士山)などが並ぶ。

日本全国を旅するための旅行書のように、文学を楽しむことができるところがいい。

戦後いち早く地元で「北海文学」を主宰した釧路短期大学名誉教授の鳥居省三さん(79)。貧しいガリ版刷りの同人誌で、原田康子の原稿も彼が鉄筆を握って発行したものだった。「不倫がテーマなのに、さわやかな清潔感があるのは、釧路という風土のおかげだろう。建物や道路が若いころと変わったのはしょうがない。でも、丘陵地から見る街の風情は昔と変わらない」とつぶやく。(原田康子「挽歌」北海道・釧路)

霧の幣舞橋の写真とともに、関係者に取材した記事が並んでいるところは、いかにも新聞社の連載企画らしい感じがする。

「浜中ふるさとの歴史を探る会」会長の高山勘之助さん(80)は、「小説が発表された一九六二年(昭和三十七年)当時は、一夜で屋根まで埋め尽くされるほど飛砂の被害がすごかった。だが、四十年以上たった海辺は松林に囲まれ、すっかり様相が変わった」と、なつかしそうに語る。(安部公房「砂の女」山形・庄内砂丘)

行ったことのない土地を訪ねてみたくなる旅情がある。

旅行の動機を文学に求める人には、格好の旅行ガイドとなる。

同時に、本書は、優良な文学ガイドでもある。

田宮は「土佐名勝志」などを参考に、現地を見ず一九四九年(昭和二十四年)に小説を発表。足摺岬を初めて訪れたのは五八年だった。実は行こうとしたのだ。不運にも途中で旅費を盗まれ断念した。だが、現地取材しなかったのを気にしていたのか。五九年の伊勢湾台風の時に足摺岬に立った田宮は「『足摺岬』に書いた台風の情景そのままであった。・・・私は烈風に吹き飛ばされて宙にういたが、『足摺岬』が間違っていないことにほっとし、這うようにして、旅館まで帰った」と記した。(田宮虎彦「足摺岬」高知県・足摺岬)

小説『足摺岬』のモデルの遍路宿は「武政旅館」(現ホテル足摺園)で、旅館の女将は危ない学生を一目で見抜き、「お助けばあさん」の異名を取った。

現在、ホテルを経営する息子の武政憲次氏は「田宮先生が来ると海が荒れたが、『足摺岬は海が荒れる時が一番いい』と言っていた」と振り返っている。

こうしたエピソードは、文学作品を味わう上で、絶好の薬味となってくれるものだろう。

昭和期の大衆小説にも名作があった

興味深いのは、いわゆる純文学ばかりでなく、戦後の大衆小説が多く含まれていることである。

「時代小説の大家、周五郎の数少ない現代物で、傑作と評判をとったが、地元の人たちには「誇張しすぎ」と不評だった」とあるのは、山本周五郎の『青べか物語』(千葉県・浦安)。

山本周五郎は、純文学と大衆文学との区別を嫌い、「小説には良い小説と悪い小説しかない」が持論だった。

早船ちよ『キューポラのある街』もいい。

主役ジュンを演じた吉永小百合の人気を不動にした映画「キューポラのある街」が公開された一九六二年(昭和三十七年)ごろが「鋳物の町」の全盛期だった。川口駅周辺の鋳物工場は六百を超えていた。屋根を貫きそびえるキューポラ(鉄を溶かす炉)から吹き上げる炎が夜空を赤く染めた。(早船ちよ「キューポラのある街」埼玉県・川口)

鋳物工場の屋根に夕陽を受けて立つ古いキューポラの写真が、往時を偲んでいる。

吉永小百合の映画といえば、青森出身の人気作家・石坂洋次郎。

吉永小百合らを世に出した映画界の文芸路線と歩を一にしたからでもあったが、石坂作品が映画化された回数は八十にも及ぶ。しかしこれだけ一世を風靡したにもかかわらず、文壇内の評価は必ずしも高くない。「読者を意識して時の風俗をだれよりも描いたから、逆に時代に合わなくなったのだろう」と、再評価を目的に二〇〇〇年(平成十二年)十二月に発足した「石坂洋次郎学会」の森英一理事(58)はみる。(石坂洋次郎「草を刈る娘」青森県・岩木山)

「文壇の評価は必ずしも高くない」小説家の作品を採りあげるところも好感が持てる。

むしろ、こうしたガイドが、昭和期の流行作家の再評価に繋がるのではないだろうかと思った。

日本経済新聞は、庄野潤三の『ザボンの花』や『夕べの雲』といった名作を連載した新聞である(庄野さんの新聞連載小説は、この二作のみ)。

日経の文芸欄を読むのは、今も、僕の秘かな楽しみとなっている。

書名:名作のある風景
編者:日本経済新聞社
発行:2004/9/22
出版社:日本経済新聞社

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。