日本文学の世界

若山牧水「樹木とその葉」早世の歌人が綴った旅と酒の随筆集

若山牧水「樹木とその葉」あらすじと感想と考察

若山牧水「樹木とその葉」読了。

本作「樹木とその葉」は、1925年(大正14年)2月に改造社から刊行された随筆集である。

この年、著者は40歳だった(1928年に43歳で逝去)。

生前に刊行された出版物としては最後のものである。

「心から好きなら飲むもよろしい」

本作「樹木とその葉」は、旅と酒の随筆集である。

若山牧水にとって、旅と酒は人生そのものであったから、本作は、人生を綴った随筆集と言うことができるかもしれない。

実際、自伝的な話も少なくない。

私は日向国耳川(川口は神武天皇御東征の砌其処から初めて船を出されたという美々津港になっています)の上流にあたる細長い峡谷の村に生まれました。村の人は多く材木とか椎茸とか木炭とかいう山の産物で生活しているのです。(若山牧水「故郷の正月」)

牧水の故郷は宮崎県日向市で、上京したのは1904年(明治37年)、早稲田大学文学科高等予科に入学したときだった(同じく九州出身の北原白秋とは、教室で知り合った)。

旅と酒に明け暮れた牧水の暮らしは、物質的には、決して豊かなものではなかったらしい。

小生の貧困時代は首尾を持っていない。だからいつからいつまでとそれを定める由もない。(若山牧水「貧乏首尾無し」)

どこから始まって、どこで終わったのかが分からない、それが、彼の貧困生活だったが、「小生には実のところ貧乏というものがさほど苦にならない」と、牧水は言う。

旅ができて、酒を飲むことができれば、それで、歌人の生活は満たされていたのかもしれない。

それだけに、旅と酒に対する情熱は、格別のものがあった。

無論口であじわううまさもあるにはあるが、酒は更に心で噛みしめる味いを持って居る。あの「酔う」というのは心が次第に酒の味をあじわってゆく状態をいうのだと私は思う。(若山牧水「酒の讃と苦笑」)

一方で、「何を苦しんでかこれを稽古することがあろう」とも、牧水は言っている。

「心から好きなら飲むもよろしい」──

それが酒を愛する人間として、若山牧水の酒に対する向き合い方だった。

「日本中の景色を貪り尽して死にたい」

本作「樹木とその葉」は、1921年(大正10年)春から1924年(大正13年)秋までに書かれた随筆を一冊にまとめたものである。

1928年(昭和3年)に43歳で亡くなった歌人としては、もはや最晩年の作品集ということになるが、そのためか、どこを読んでも、若山牧水という人間の生き方が現れている。

旅は独りがいい。何も右言った酒の上のことに限らず、何彼につけて独りがいい。深い山などにかかった時の案内者をすら厭う気持で私は孤独の旅を好む。(若山牧水「草鞋の話 旅の話」)

冒頭に収録されている「草鞋の話 旅の話」など、いずれも名文ばかりである。

「私には旅を貪りすぎる傾向があっていけない」とか「出来るならばせめてこの日本中の景色をでも残る所なく貪り尽して後死にたいものだ」とか、松尾芭蕉並みに「旅に病んだ」歌人の姿が描かれている。

そんな歌人は、秋の旅を愛した。

「私の最も旅を思う時季は紅葉がそろそろ散り出す頃」(「草鞋の話 旅の話」)であり、「夏は浴衣一枚で部屋に籠るが一番いい」(「夏を愛する言葉」)と、牧水は綴っている。

牧水の紀行文は大仰でないところがいい。

まるで自分のために綴った日記のように、牧水の紀行文は自然体である。

静岡駅を出ると細かい雨が降っていた。思いがけない事であったが、悪い気持はしなかった。駅前通りの宿屋によって、湯上りの労れた脚を投げ出しながらちびちび酒を呑んでいると、雨はいよいよ本降りになって来た。(若山牧水「春の二三日」)

こういう何気ない文章に、ハッとさせられる良さがある。

まるで、既知の歌人と一緒に旅をしているかのような心安さが、牧水の紀行文にはある。

旅の充実感が読後に残っているような、そんな淋しさを感じた。

作品名:樹木とその葉
著者:若山牧水
書名:若山牧水全集(第十二巻)
発行:1993/09/12
出版社:増進会出版社

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青いバナナ
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