日本文学の世界

井伏鱒二「へんろう宿」捨て子が捨て子を育てる謎の世代間システム

井伏鱒二「へんろう宿」あらすじと感想と考察

井伏鱒二「へんろう宿」読了。

本作「へんろう宿」は、『オール読物』1940年(昭和15年)4月号に発表された短編小説である。

この年、著者は42歳だった。

作品集では、1940年(昭和15年)に河出書房から刊行された『鸚鵡』に収録されている。

捨て子だった女性だけで運営されている遍路宿

物語の語り手である<私>は、四国の遍路岬にある<へんろう宿 波濤館>という、小さな宿屋に泊まった。

この宿屋には経営主というものがなく、いるのは5人の女中だけである。

深夜、<私>は、隣の男の部屋で、酒の相手をしているらしい婆さんの話を聞いた。

「うんちゃ違います。みんなあが、ようそれを間違うけんど、一ばん年上のお婆さんがオカネ婆さん、二番目のがオギン婆さん、わたしはオクラ婆さんといいます。三人とも嬰児(あかご)のとき、この宿に放っちょかれて行かれましたきに、この宿に泊った客が棄てて行ったがです。いうたら棄児ですらあ」(井伏鱒二「へんろう宿」)

どうやら、この宿で働いている5人の女性は、いずれも、この宿に棄てられていったものらしい。

一番年上のオカネ婆さんは80歳ぐらいで、次のオギン婆さんは60歳ぐらい、酒の相手をしていたオクラ婆さんは50歳ぐらいである。

この他に、15歳くらいと12歳くらいの少女がいる。

親の料簡が知れんと、泊り客が言うと、オクラ婆さんは、こう言った。

「けんど、わたしは五十年もまえに棄てられた嬰児で、親の料簡がわかるわけはありませんきに。きっと、この遍路岬に道中してくる途中、嬰児を持てあましているうちに、誰ぞにこの宿屋の風習を習いましつろう。たいがい十年ごつといに、この家には嬰児が放ったくられて来ましたきに」(井伏鱒二「へんろう宿」)

ここの女の子は、育ててもらった恩返しとして、宿屋の女中として働くことになっているから、嫁に行ったりしない。

翌朝、<私>は、宿屋の戸口に「遍路岬村尋常小学校児童、柑乃オシチ」と「遍路岬村尋常小学校児童、柑乃オクメ」という名札が「仲良く」並んでいるのを見ながら、その宿屋を出発する。

宿の横手の砂地には、浜木綿(はまゆう)が幾株も生えていた。

不思議なお遍路宿の不思議な因習

「へんろう宿」というのは、お遍路さんに宿泊場所を提供する「お遍路宿」のことらしい。

<へんろう宿 波濤館>で働く女性たちは、みな、赤ん坊の頃に、この宿に棄てられたという経歴を持つ。

大人に成長した捨て子が、幼い捨て子を育てながら、宿屋を営んできたのだ。

世代間で継承されている、捨て子が捨て子を育てるという謎のシステム。

この作品は、もちろんフィクション作品だが、完全なるフィクションと断言するには、ためらわれるリアリティがある。

そのリアリティを支えているのは、「遍路宿」という宗教的な異界性を持った舞台設定と、宿屋のお婆さんたちが使う、味わい深い方言である。

「オカネ婆さんのその前におった婆さんも、やっぱりここな宿に泊ったお客の棄てて行った嬰児が、ここで年をとってお婆さんになりました。その前にいたお婆さんも、やっぱり同じような身の上じゃったということです。おまけにこの家では、みんな嬰児の親のことは知らせんことになっちょります。代々そういうしきたりになっちょります」(井伏鱒二「へんろう宿」)

隣の部屋の会話を聴きながら、<私>は、「妙な一家があるものだと不思議な気がしたが、お婆さんは酔ったまぎれに出まかせを云っていたのでもないだろう」と受けとめる。

嬰児を遺棄していくお遍路を批判するでもなく、赤ん坊を遺棄しなければ生活していけない困窮者を生み出す社会構造を批判するわけでもない。

捨て子として育てられた女性たちに同情するでもなく、ローティーンの少女たちの将来を案ずるでもない。

<私>は、この不思議なお遍路宿の、不思議な因習を受け入れて旅立っていく。

横溝正史のミステリー小説とは違うから、おぞましい殺人事件が起きたりもしない。

そこに井伏鱒二の文学の、ほのかに温かい味わいがある。

「赤ちゃんポスト」論争が絶えない現代では、ちょっと書くことのできない物語だと思った。

作品名:へんろう宿
著者:井伏鱒二
書名:井伏鱒二自選全集(第一巻)
発行:1985/10/10
出版社:新潮社

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やまはな文庫
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