日本文学の世界

小沼丹「古い画の家」大寺さんもの<幻の第0作>収録の推理短篇集

中公文庫から、小沼丹の新しい作品集『古い画の家』が刊行された。

今年になって小沼丹の著作が出るのは、4月にみすず書房から刊行された随筆集『小さな手袋/珈琲挽き(新装版)』に続いて2冊目となる。

古い作家の作品を、現代でも読むことのできる嬉しさ。

しかも、今回の中公文庫は、まったくの新しい作品集だという。

大寺さんシリーズ最初の作品だった「花束」

三上延の解説「懐かしさの作家」を読んでみる。

本書は「宝石」で小沼が発表した推理小説を中心に編まれた短編集である。一九六〇年、彌生書房の「推理小説傑作選」叢書には『古い画の家』という小沼の短編集が刊行予定のラインナップに入っており、本書で読める短編の多くはおそらくそこに収録されるはずだったが、どういう事情か未完に終わっている。後にそれらは全集に収録されたものの、一冊の本としてまとまって刊行されるのは今回が初めてとなる。(三上延「懐かしさの作家」)

つまり、本書はかつて未完のままに終わった作品集を、約60年ぶりに復活させたものということになる。

中公文庫も大胆なことをやるなあ。

しかも、本書『古い画の家』には、本編として9作の短篇小説を収録するほか、付編として二つの作品が併録されている。

これらは、いずれも全集含めて書籍には未収録の作品であり、これは非常に価値が高い。

「海辺の墓地」は、1960年(昭和35年)8月21日付け北海道新聞に掲載された短篇で、主人公の男性が、海辺の墓地を訪ねる物語。

ドライタッチな文章と、結末のどんでん返しは、山川方夫のショートショートに通じる読後感を感じさせる。

もう一遍の「花束」は、1963年(昭和38年)の「いけ花龍生」に連載されたものだが、この作品、「大寺さんはこの春、奥さんを失くした」の一文から始まっている。

<大寺さん>なる男性を主人公とする一連の短編作品は、小沼丹の代表作品とも言える私小説群だけれど、その最初の作品は「黒と白の猫」だとばかり思っていたから面食らった(小沼丹風)。

「黒と白の猫」は、『懐中時計』(1969年)に収録されている。

しかも、物語の筋としては、その後に発表される「大寺さんシリーズ」に登場するものが、いくつも含まれているから、この「花束」は、「大寺さんシリーズ」のプロトタイプのようなものだったのかもしれない。

大寺さんは妙な顔をして小僧を見た。米屋も魚屋も電気屋も牛乳屋も瓦斯屋も郵便配達夫も、みんな、勝手口に大寺さんの顔を見たときは——このたびはどうも、と先方から挨拶した。ところが洗濯屋の小僧ばかりは奥さんの死を知らぬばかりか、嘘だと云うのである。(小沼丹「花束」)

小沼丹の妻が急死したのは、昭和38年4月28日のことである。

「花束」は、その半年後に書かれているから、作者の中で、まだ昇華できないものがあったのかもしれない。

大寺さんシリーズ最初の作品となる「黒と白の猫」が書かれたのは、妻の死から一年後の昭和39年5月で、猫を主役にしながら、亡き細君の思い出が美しく綴られている。

小説としての完成度は「黒と白の猫」の方がずっと高いだろうが、今回読んだ「花束」には、妻の死と正面から向き合う男の喪失感が、ずっと鮮明に描かれている。

この作品を読むことができただけでも、本書を買って本当に良かったと思う。

人間の悲哀をサスペンス・タッチで描く

さて、本書『古い画の家』には「小沼丹推理短篇集」というサブタイトルがある。

1950年代の終わりから1960年代の初めにかけて発表されたものが集められていて、小沼丹が推理小説作家として活躍していた時代に思いを馳せることができる。

もっとも、あまり本格的な推理小説を期待すると、肩すかしを喰うかもしれない。

例えば、表題作「古い画の家」は、中学生が犯罪現場を目撃する物語だが、そこには推理も謎解きも出てこない。

ところが、この家を何度目かに見たとき俺はその画を想い出したのである。想い出したばかりではない、どうもその家と画の家が同一のものらしいと思いついた。むろん、いまのその家は樹木だらけで、荒廃して、画の家の面影なぞ殆ど見当らぬと云ってよい。が、樹木を取り除き、白く塗り、白い柵と美しい薔薇を加えてみるとどうか? ——あの家だ。(小沼丹「古い画の家」)

推理小説というよりも、人間の悲哀をサスペンス・タッチで描いた文学作品という感じを受けたが、どうだろうか?

ちなみに、江戸川乱歩は、この小説を「ユーモア・ミステリー」として評価していたそうである。

この秋は、久しぶりに小沼丹の世界に浸りたい。

書名:古い画の家
著者:小沼丹
発行:2022/10/25
出版社:中公文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。