外国文学の世界

チェーホフ「首にかけたアンナ」52歳の金持ちと結婚した18歳の女性アンナが悪妻になるまで

アントン・チェーホフ「首にかけたアンナ」あらすじと感想と考察

アントン・チェーホフ「首にかけたアンナ」読了。

本作「首にかけたアンナ」は、1895年(明治28年)10月22日『ロシア報知新聞』に発表された短篇小説である。

この年、著者は35歳だった。

52歳の金持ちと結婚した18歳の女性アンナ

主人公<アンナ>は、まだ18歳の美しい女性だったが、貧しい家庭で育てられたため、周囲の勧めにより年寄りの金持ちと結婚する。

夫<モデスト・アレクセイチ>は、52歳の官吏で、いつか勲章をもらいたいと考えているような、名誉欲の強い男だった。

「アンナや、アーニャや、アニュータや、ひと言だけ聞いておくれ」アンナは窓から身を寄せると、父親が彼女の耳に何かささやいたが、酒くさい臭いがするばかりで、何も聞えなかった。(アントン・チェーホフ「首にかけたアンナ」中村喜和・訳)

金持ちと結婚してみたものの、家計は夫が管理しており、アンナの自由になるお金はない。

貧しい父親や弟たちに仕送りすることもできなくて、アンナは自分の身の上を呪って悲しくなった。

ところが、結婚して最初のクリスマス舞踏会に出席したアンナは、若さと美貌で会場の注目を集め、多くの上流階級の男たち、特に夫が敬う<閣下>とさえ親しくなってしまう。

彼はアンナの前に立ったが、その態度ときたら、彼が自分より権力のある目上の者の前に立ったときに見せる表情で、奴隷が主人にへつらうような慇懃なものだった。アンナは感極まって怒りと軽蔑の思いのたけをこめ、その報いはあるまいという自信をもって、一語一語アクセントをつけて言った。「あっちへ行って、頓馬ねえ!」(アントン・チェーホフ「首にかけたアンナ」中村喜和・訳)

上流社会の人気者となったアンナは、一夜にして夫との立場を逆転させ、夫の財産を自由に浪費する身分となってしまう。

しかし、それらのお金は、男たちとの遊びに費やされるばかりで、貧しい実家を助けるために利用されることはなかったという。

人間っていうのは本当に馬鹿ばっかりだ

作品タイトル「首にかけたアンナ」は、美貌の新妻アンナと勲二等の「アンナ勲章」をかけたものだという。

当時、アンナ勲章は、二つのメダルからなっていて、ひとつは蝶ネクタイ付きの赤いリボンに十字架を吊るしたメダルで、首にかけるもの。

もうひとつは、受章の順番を示す数字のついた円形のメダルで、これは、フロックの右の襟のボタン穴につけるものだった。

もしも、<アンナ>という名前の悪妻に手を焼いている夫が、アンナ勲章を受章した場合、「勲章が三つになった」と皮肉られたものらしい。

もちろん、復活祭に聖アンナ二等勲章を授与されたモデスト・アレクセイチも、閣下から皮肉の言葉をかけられる。

「つまり、これで君はアンナが三つになりましたね。──そして、爪がピンク色をした自分の白い手を眺めながらつづけた──ひとつはボタン穴に、あとの二つは首にかかっているというわけだ」(アントン・チェーホフ「首にかけたアンナ」中村喜和・訳)

モデスト・アレクセイチは、悪妻アンナに振り回される愚かな夫として描かれているが、欲しかった勲章をもらうことができたので、アンナの素行を気にする素振りはまったくない。

むしろ、自分が次の勲章をもらうために、アンナが活躍してくれるのを願っているかのようだ。

一方で、自由勝手に振る舞うアンナは、男遊びに耽り、派手な生活を謳歌する。

本来、貧しい実家を助けるための結婚だったはずだが、酒浸りの父親のことを思い出す暇もないくらい、放蕩生活に忙しい。

ラストシーンは、アンナと愛人<アルティーノフ>が乗った馬車が、実家の家族とすれ違う場面だ。

二頭立ての馬車に副え馬をつけ、アンナが座席に乗ってアルティーノフが馭者代わりに馭者席について走っているときに、スタロ・キーエフ通りでピョートル・レオンティチに出会ったりすると、彼は必ずシルクハットを脱いで何か叫びそうになったが、ペーチャとアンドレイは父親の腕をつかんで、すがりつくように言うのだった。「パパ、だめですよ……およしなさい、パパ」(アントン・チェーホフ「首にかけたアンナ」中村喜和・訳)

若い妻に振り回される夫も愚かだが、若さと美貌を鼻にかけて遊び回るアンナもまた、愚かな女だった。

そして、相変わらず酒浸りの借金生活から抜けきれない実家の父親<ピョートル・レオンティチ>もやっぱり愚かで、人間というのは、どうしてこんなに馬鹿ばっかりなのだろうと感じないではいられない。

そして、それこそが、本作品においてチェーホフが訴えたかったテーマなのだろう。

かわいそうなのは、まだ中学生の弟たち<ペーチャ>と<アンドレイ>だ。

しかし、冷静に考えてみると、似たような話は現代の日本でも、もしかすると珍しくないのかもしれない。

ペーチャとアンドレイの弟たちが、父や姉のように愚かな大人にならないよう祈るばかりだ。

書名:首にかけたアンナ(チェーホフ・コレクション)
著者:アントン・チェーホフ
訳者:中村喜和
発行:2010/12/01
出版社:未知谷

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。