読書感想文

チャンドラー「プレイバック」マーロウ最後の事件には謎が多すぎる

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久しぶりに、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』を読んだ。

『プレイバック』は、1958年(昭和33年)に刊行された、チャンドラー最後の作品で(1959年3月没)、日本では、1959年(昭和34年)10月に、ハヤカワ・ミステリから、清水俊二の訳で刊行されている。

本作品について、訳者の清水さんは「あとがき」の中で、「作風もいつものチャンドラーの作品とはだいぶ違っている」「一種異様な匂いが感じられる」「アメリカの批評家もずいぶんめんくらったらしく」「いろいろの意味でふしぎに思われるところがあった」などと綴っている。

違和感の理由は、いくつもあるが、清水さんが一番不思議に感じたことは、「ストーリーにあまり関係のない部分がいつもの作品にくらべてはるかに多いこと」だった。

もしかすると伏線か?とも思えるような細かい部分のみならず、ひとつの大きなエピソードが、まるっきりストーリーと関係のない部分(突然に現れたヘンリー・クラレンドンという老人が、神の存在や死後の生活について語る場面)もあって、あるいは、読者を混乱させるための作戦かもしれないとさえ思われてくる。

作品全体に暗い影が漂っていることも気になる。

チャンドラーは、あるいは、これが最後の作品となってしまうことを意識していたのだろうか。

さらに、『プレイバック』というタイトルの意味も不明で、前作『長いお別れ』との関連を示唆する言葉とも考えられるが、十分な説明を付けることは難しい。

ラストシーンでは、『長いお別れ』で別れたリンダ・ローリングが登場して、まるで結婚してしまうかのような雰囲気の中で物語は終わるが、こういったラストシーンも、チャンドラーは今までに書いたことがなかった。

まさか、フィーリップ・マーロウが今さらになって結婚するとは思われないが、仮に結婚するとしても、マーロウを結婚へと導く必然性は、小説の中では全然登場していない。

作品中でマーロウは2人の女性とセックスをしているが、これまでチャンドラーは、これほど明確にはマーロウのセックス・シーンを描いてこなかったから、読者は、こういった部分にも、これまでのマーロウ・シリーズとは異なる作品だという違和感を感じたらしい。

前作『長いお別れ(1953年)』は歴史的名作という評価も高く、しかも、5年近い空白期間を置いて発表された作品だったということで、当時のフィーリップ・マーロウ・ファンは大いに戸惑ったことだろう。

他のマーロウ・シリーズの作品と比べると、決して名作とは言えないが、『プレイバック』には、マーロウ・ファンでなくても知られている有名な台詞が含まれている。

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」

「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、彼女は信じられないように訪ねた。「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」(レイモンド・チャンドラー『プレイバック』)

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」というマーロウの言葉は、「ギムレットには早すぎる」と並んで、マーロウ・シリーズの有名な言葉として知られているものだろう。

マーロウ流「男の哲学」といったところで、こんなところにもマーロウの魅力があるということだろう。

書名:プレイバック
著者:レイモンド・チャンドラー
訳者:清水俊二
発行:1977/8/15
出版社:ハヤカワ文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。