外国文学の世界

カポーティ「夜の樹」19歳の女子大生が自分の孤独と向き合う青春小説

カポーティ「夜の樹」あらすじと感想と考察

トルーマン・カポーティ「夜の樹」読了。

「夜の樹」は、『夜の樹』(川本三郎訳、新潮文庫)に収録されている短篇小説である。

本国アメリカでは、1949年に出版された短篇集『夜の樹』に収録された。

「お嬢さん、いつか、それだけの金で暮らしていけるかどうか試してごらん」

冬だった。

19歳の女性大生<ケイ>は、小さな田舎の駅から、夜汽車に乗り込んだ。

彼女は、雑誌を何冊かと緑色のウエスタン・ギターを抱えていた。

車輛は過去の遺物のように古ぼけていた。

汽車はほとんど満員で、空席はひとつしかなかった。

車輛の端の、他の席から離れたボックス席で、そこにはすでに一組の男女が座っていた。

ケイが二人の向かい側に座ったところから、物語は始まっていく。

女は、五十歳か五十五歳くらいで、吐く息は、甘ったるいジンとすぐにわかる匂いがした。

女は、一人になりたいと考えているケイの気持ちに構わず、酒を勧め、話しかけてくる。

ケイは面倒なことになるのを恐れ、ほしくない酒を飲んでいるふりをしながら、辛抱強く女の話し相手になろうと努めた。

女以上に不気味なのは男の方だった。

女は「この男、耳は聞えないし、喋れないのよ、わかる?」と言った。

ケイは、男が横目で自分をじっと観察していることを意識しないではいられない。

二人は、小さなショーで金を稼ぎながら、旅を続けているらしかった。

男を生き埋めにして、女が讃美歌を歌う。

「いいかい、一ドル稼ぐんだって大変なんだよ。先月、私たちがいくら稼いだかわかる? たった五十三ドルよ! お嬢さん、いつか、それだけの金で暮らしていけるかどうか試してごらん」彼女は鼻をすすり、どうにかちゃんとした手つきでスカートを直した。「そうね、近いうちに私の大事なこの男も死んでしまうよ。そのときでもあれはイカサマだったっていうやつがきっといるさ」(カポーティ「夜の樹」)

いたたまれなくなったケイは、二人から逃れて列車の最後尾へ出る。

外の空気はひどく冷たかったが、彼女は走る汽車の横で通り過ぎていく夜の樹の壁を眺め続けていた、、、

「買うことにします」彼女はいった。

この物語を読んでいて感じられるのは、とにかく、人間は孤独だということである。

ボロボロの夜汽車は、逃げ場のない閉鎖的な空間であり、深い眠りについている乗客は、困っているケイにも気付いてくれない。

耐えきれなくなったケイは、異様な男女から逃れて列車の最後尾へ出るが、そこも決して安全な場所ではなかった。

やがて、不気味な男がケイを迎えに来るからだ。

物語の終わりで、ケイは、男から<お守り>(桃の種のようなもの)を買うが、それはケイが自分の孤独を受け入れた場面でもある。

叔父の葬式、汚い夜汽車、物憂げな乗客たち、不気味な男女。

彼女は自分を取り囲むすべてのものから逃げ出そうとするが、彼女には逃げ場所というものがない。

そのことに気が付いたとき、彼女は異様な男女がいる席へと戻り、男から孤独の象徴のような<お守り>を購入することを決意する。

それは一見無力なあきらめのように思えるが、疾走する夜汽車の中で、19歳のケイが成長した場面だと読み取ることもできる。

むしろ、自分の孤独を認め、異様な二人組を受け入れることそのものが、彼女にとっての成長だったのかもしれない。

「買うことにします」彼女はいった。「あのお守りです。買います。それだけでいいのなら—あなた方が欲しいのが、それだけでしたら」女は返事をしなかった。男のほうを向いて、冷たく微笑んだ。(カポーティ「夜の樹」)

この物語は、カポーティ流の青春小説なのだ。

19歳の女子大生が自分の孤独と向き合う姿を描いた、静かで透明な青春小説。

どこかで、緑色のギターの音が聞えるような気がした。

書名:夜の樹
著者:トルーマン・カポーティ
訳者:川本三郎
発行:1994/2/25
出版社:新潮文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。