日本文学の世界

福原麟太郎「諸国の旅」戦前戦後の旅情溢れる海外旅行エッセイ集

福原麟太郎「諸国の旅」戦前戦後の旅情溢れる海外旅行エッセイ集

福原麟太郎「諸国の旅」読了。

本作「諸国の旅」は、1962年(昭和36年)に三月書房から刊行された随筆集である。

庄野潤三も、福原林太郎のエッセイの愛読者だった

最初に「あとがき」を読む。

ここに集めたものは、みんなかつて新聞雑誌に発表し、殆どすべて一度あるいは二度三度私の旧著の中に収容されたものであって、そういう古いものを寄せ集めて、一冊の新著を出すというのは、何だか恥かしいようにも思うが、私は、私の旅行記だけを一冊にまとめておきたいと、永い間、考えて来ていた。(福原麟太郎「諸国の旅」)

だから、本作『諸国の旅』は、福原さんの旅行記と言うことができる。

若い頃にロンドンへ留学した福原さんは、イギリスのみならずヨーロッパ各国を旅しているし、その後も度々と海外旅行を経験している。

本書に外国の旅の記録が多いのは、そのためだろう。

中でも一番記述が多いのは、やはり留学先でもあったイギリスである。

歩道は歩けないほど人が溢れている。霧が下りて先の方はよく見えない。商店、商店、レストラント、劇場、あらゆる建物の中にはもう夜が始まっている。広告燈が煌めく。劇場はクリスマスの子供芝居をもう始めている。(福原麟太郎「歳末のロンドン」)

「歳末のロンドン」は、昭和21年に発表されたエッセイだ。

ロンドンのクリスマスは、さぞかし風情があったことだろう。

福原さんは、戦後の昭和28年にもイギリスへ旅行しているが、このときは一人ではなかった。

同行四人、年の順にして、吉田健一、池島信平、河上徹太郎、福原。呼んでジャパニーズ・ヂャーナリスツという。正しい意味に於て本当のヂャーナリストは池島氏一人だが、福原は Editor-in-chief of “The Rising Generation”と肩書がついていたから、れっきとしたものだ。(福原麟太郎「英蘇遊記」)

このときの話は、いろいろなエッセイで読むことができるが、「英京七日」は短いながら良い作品である。

ある日の午後、お茶の前に、そのさきまで歩いていって、議事堂の建物を仰ぎ、ウェストミンスター橋の欄干によって、しばらくテムズの川波を見ていた。私は東京を出るとき、たのまれた用事が一つあった。それは、テムズ河に名刺を流してくれという依頼であった。(福原麟太郎「英京七日」)

福原さんは、ポケットから名刺を取り出して、橋の上から落とした。

「名刺は、ひらひらと舞い、川風にゆられて、なかなか水に届かない。実に美しく飛行しながら、やっと波の上に身をまかせた。波は静かにそれを運んでいった」と、福原さんは綴っている。

後年、作家の庄野潤三がロンドンを訪れて、この橋の上に立ったとき、福原さんの、このエッセイを思い出すという場面が『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』という旅行記の中に描かれている。

庄野さんもまた、エッセイスト・福原麟太郎の良き愛読者の一人であった。

フランス、アメリカ、そしてイギリスへ

本書『諸国の旅』では、イギリス以外の国々も多々登場している。

例えば「パリ」は、イギリスからフランスへ旅行したときの回想である。

私はシャンゼリゼーの美しいのに一寸見とれた。然し私は早くイギリスへ行きたくなった。それで「僕は無暗にさびしくなっちまったからあなた方の宿へ来たのですよ。さっき着いたばかりで何にも知らない」と言ったら、H教授は「それや君急に一人になったから淋しいのさ」と答えた。(福原麟太郎「パリ」)

H教授の指摘を受けて、「私はその通りに違いないことを言われたので、尚更心細い気持になった」と、福原さんは綴っている。

「アメリカ迄帰る」は、もちろんアメリカへ旅行したときの話。

ニウヨークへ着いてから、殆ど何もしない。大抵毎日、寺西さんの姉さんのお宅へ行って、子供さんと遊んでいる。偶に出歩く事もあるが、べら棒に暑い。そして大して見るところもない。それに冷たいものが簡単に飲めるから、ついアイスクリームなどを食べる。メロンみたいなものを食う。(福原麟太郎「アメリカ迄帰る」)

福原さんは、よほどニューヨークでメロンばかり食べていたらしい。

このメロンは「ハネ・デュー・メロン」というものであったことは、別のエッセイで紹介されていた。

諸外国の旅も楽しいが、福原さんの旅行記は、やはりイギリスの旅がいい。

私はイギリスでお茶を飲むことを覚えた。お茶(ティー)は、それをただ飲むばかりではない。話をすることなのだ。理屈をいわず、仕事場を語らず、世間や人生や、小説や音楽の話をして、ひとときの休息をたのしむ事だ。それは、大声をあげて、聞こえよがしに話すことではない。ぼそぼそ、そっけなく話すことだ。いかにもイギリス人らしい。(福原麟太郎「イギリス国案内」)

僕の持っている『諸国の旅』には、「特装本百部のうち第何番本」という番号が記載されている。

そのうえ、本の見返しには「福原麟太郎」という自筆の署名まである。

数少ない僕の、大切な宝物である。

書名:諸国の旅
著者:福原麟太郎
発行:1962/9/15
出版社:三月書房

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。