角川書店『飯田龍太全集(第四巻)随想Ⅱ』読了。
本作『飯田龍太全集(第四巻)随想Ⅱ』は、2005年(平成17年)8月に角川書店から刊行されたものである。
この年、飯田龍太は85歳だった(2007年2月に逝去)。
庄野潤三のスナップ写真
この『飯田龍太全集(第四巻)随想Ⅱ』は、昨年の暮れに近所のブックオフで買ってきたものである。
帯付き・月報ありで500円。
この手の文学全集にありがちの「未使用同様」という状態で、この値段は寂しい。
全集のバラ本(端本)は買わないようにしているのだけど(全集ものは全巻欲しくなるので)、このときは見過ごすことができなくて買ってしまった。
正月休みの最終日、落ち着いた気持ちで本を開く。
巻頭グラビアページに、「山梨県境川村にて。右は庄野潤三(昭和52年4月15日)」というキャプションとともに、飯田龍太と庄野潤三の二人が一緒に写っているスナップ写真がある。
庄野さんは黒っぽいスーツにネクタイ姿。
この写真一枚で「買ってよかった」と救われたような気持ちになった。
もちろん、飯田龍太の随筆はいい。
お正月なので、お正月らしいものから読む。
「去年今年」などというタイトルのものはどうだろうか。
「去年今年」という季語は古今集からの借用で、古俳諧にも用例は多くあるが、現代俳人に愛用多用されるようになったのは、「去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子」という一句の出現が契機だった。
この句、昭和二十五年の暮れ、翌春の放送用として作られた作品の中のひとつであるが、鎌倉から出京の途路、たまたまこの句を目にした川端康成が、凄い作品だ、おそろしい句をつくるひとだ、と驚嘆したとかいう挿話もあって、にわかに有名になった。(飯田龍太「去年今年」)
虚子の句は、教科書にも掲載されるほど有名だが、「去年今年」という季語は観念的すぎるゆえ、実際に俳句を作る場合には、いかにも使いにくい季語という気がする。
「餅の音」は、暮れの餅搗きを題材としたもの。
ところで我が家では、別段懐古趣味というのではないが、いまもって暮れの餅をふた臼だけ搗く。ひと臼は鏡餅とお供え用。ひと臼は正月の雑煮用である。(飯田龍太「餅の音」)
このとき使う欅の臼は、戦後、樺太から引き揚げてきた一家に造ってもらったもので、丁度100年ほど経った欅の生ま丸太が家にあったものを材料として用いたという。
正月なんだから餅くらい食べるべきなんだろうが、我が家の正月に餅はない(家族誰も好きじゃないから)。
正月の俳句に触れた「年初虚実」というのもある。
近頃私は、俳句の個性などというものには、さほどの妙味をおぼえない。第一級のすぐれた句は、すべてそんなちまちました個性などを超えたところに位置していると思うためである。(飯田龍太「年初虚実」)
この文章は、桂信子「昨日とおなじところに居れば初日さす」という句に感銘した話の中に出ている。
正月らしいことは何一つなかったけれど、飯田龍太の随筆を読んで、少しは正月らしい気分になったような気がした。
釣りの師匠だった井伏鱒二
正月ものを読んでいるうちに勢いがついて、正月以外の話もどんどん読み進めていく。
仲良しの井伏鱒二が登場する随筆も多い。
ところで師は、先年からひそかに「尊魚堂主人」という別号を自称されることにした、とおっしゃる。釣道の奥義ここに極まった心境と思わぬわけにはいかない。(飯田龍太「奥義讃─井伏先生の釣り」)
飯田龍太は「私は三十何年来の、井伏先生の釣り弟子である」と言っている。
釣りと文学で繋がれた師弟の関係で、なんと素晴らしいことだろうかと羨まずにいられない。
思えば、自分の場合、あるのは仲間ばかりで、釣りにも文学にも、師匠や弟子と呼べる人間関係はなかったような気がする。
「よっちゃんのことなど」は、井伏鱒二の随筆「点滴」などにも登場する宿屋<梅ヶ枝>の名物女中<よっちゃん>の回想録。
つい先頃も、なにかの話のはずみに、私が、「よっちゃんって、いいひとでしたね」と、いうと、井伏さんは、「うん、いい人だったな」「聡明なひとだったんでしょうね」というと、「うん、賢かった。ほんとに賢かった」といった。(飯田龍太「よっちゃんのことなど」)
市井の人々に対する二人の愛情と敬意が伝わってくるような文章で、井伏さんの随筆にも通じるような、崇高な温もりが感じられる。
「山の宿」という井伏鱒二の随筆を引用した「山居点描─箒作りのこと」もいい。
戦争前の昭和十年代の作品である。井伏先生は、福山在の加茂村というところが在所だ。私はまだ訪ねていないが、写真を見、文章で知る限り、先生の少年時代は静かな農山村であったように思われる。私はこの文を何遍読んだろうか。何遍読んでもこの条りでいつもほろりとする。そしてしみじみとした気分になる。(飯田龍太「山居点描─箒作りのこと」)
井伏さんの「山の宿」の「私は山の宿の囲炉裏の煙りが好きである」以下の文章に、著者は強い郷愁を感じていたのかもしれない。
それにしても、飯田龍太の随筆はしみじみと楽しい。
難解な表現を遠ざけた文章と俳人らしい季節感、そして随所に引用される古今の俳句。
そういえば、最近は小説ばかり読んでいて、俳句をあまり読んでいなかった。
今年は、もう少し、俳句の勉強もしようと思う。
あ、もしかすると、これが自分の「年頭所感」なのかもしれないな。
書名:飯田龍太全集(第四巻)随想Ⅱ
著者:飯田龍太
発行:2005/08/31
出版社:角川書店