庄野潤三の世界

庄野潤三「ぎぼしの花」癒されながら教養が広がっていく随筆集

庄野潤三「ぎぼしの花」あらすじと考察

庄野潤三「ぎぼしの花」読了。

本作「ぎぼしの花」は、1985年(昭和60年)に刊行された随筆集である。

この年、著者は64歳だった。

庄野さんにとって、『自分の羽根』『クロッカスの花』『庭の山の木』『イソップとひよどり』『御代の稲妻』に続く、6冊目の随筆集である。

庄野潤三から広がった読書の世界

前作『御代の稲妻』の出たのが1979年(昭和59年)だから、ほぼ6年ぶりの随筆集ということになる。

全部で77編、基本的には、この6年間、つまり1980年代前半に発表された随筆を収録したものと言っていい。

この時期、庄野さんは、『ガンビアの春』『早春』『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』など、ある程度まとまりのある大きな仕事を完成させている。

1970年代のほのぼのとした家族小説から、さらに飛躍したのが、この1980年代前半という時期であったのかもしれない。

もっとも、『ぎぼしの花』の「あとがき」の中で、庄野さんは「この間、文芸雑誌の連載の仕事をいつも何かしら抱えていて、ほかの原稿を書く機会がどうしても少なくなりがちであったためだが、随筆、短文という文学の形式に対する尊重、親愛の念は変らない」と綴っている。

大きな仕事をこなすようになっても、庄野さんの作品は、やはり随筆がいい。

とりわけ、短い作品ほど、随筆家としての庄野さんの才能が遺憾なく発揮されているように感じてしまう。

一番良かったのは、身辺雑記の「猫と青梅とみやこわすれ」で、庭にいる猫を発見して、親友の小沼丹を思い出すところがいい。

「猫ですか」向うの部屋から妻が声をかけた。「そうだ。梅の木の枝にいた」「どんな色、していました」「グレイ。黒っぽいグレイだ。ちょっと縞になっていた」(庄野潤三「猫と青梅とみやこわすれ」)

1990年代の夫婦の晩年シリーズへと続くかのような、夫婦ののんびりとした会話に癒される。

井伏鱒二についての随筆も、もちろんある。

「『荻窪風土記』の思い出」は、井伏さんの『荻窪風土記』が刊行されたときに書評を書いた話から始まっている。

庄野家では、当時『新潮』に連載されていた「豊多摩郡井萩村」(連載時の作品タイトル)を、家族みんなで楽しみにして回し読みしていたらしい。

『荻窪風土記』の広告が出て一と月くらいして、次男が休みの日に新宿の紀伊国屋へ行くと、平積みしていた中に三刷のと四刷のが混っていた。三刷の方を買って帰って、その話をした。「井伏さん、凄い」とみんなでいい合った。(庄野潤三「『荻窪風土記』の思い出」)

この随筆の中には、福原麟太郎の名前も、ちょっと登場している。

80年代に入っても、亡き・福原麟太郎は、庄野さんにとって敬愛すべき作家だったのだろう。

「百科辞典と福原さん」は、その福原麟太郎に関する思い出を綴った作品で、1961年(昭和36年)に刊行された『人間天国』に収録されている「百科辞典」という随筆を読んだ感想を膨らませた内容となっている。

ハックスリーは福原さんの好みの小説家とはいえないかもしれないが、『英語青年』の「日本文壇と英文学──夏目漱石をめぐって」という対談でお目にかかった折、昔、世界文学全集の『近代短篇小説集』に入っていた「半休日」が面白かったということを申し上げたら、あれは上等ですねと賛成されたのを思い出す。(庄野潤三「百科辞典と福原さん」)

こういう文章を読むと、世界文学全集の『近代短篇小説集』を探して、オールダス・ハックスリーという作家の「半休日」という作品を読んでみたくなってしまうからいけない。

庄野さんのおかげで、僕の読書の世界は、ここ数年で驚くほど広がった。

庄野作品に登場するもので、まだ読んでいないものがあると思うと、何だか落ち着かないような気持ちになってしまう。

教養の奥行きが広がっていく随筆集

家族ぐるみの交友があった河上徹太郎が亡くなったのは、1980年(昭和55年)9月22日のこと。

本書には「柿生の河上さん」と「子供と河上さん」という二つの随筆が収録されている。

「柿生の河上さん」は、『文学界』1980年(昭和55年)11月号に掲載された、河上徹太郎に送る追悼文である。

河上さんの軸がひとつだけ家にある。柿生のお宅の密葬から帰った日の晩、妻にいって壁にかけさせた。「東風迎母来/北風送母去」署名は徹太郎。それを眺めていると、気持が安らいで来た。(庄野潤三「柿生の河上さん」)

次男が「昨夜はひと晩中、てっちゃんの夢をみていた」と話すところがいい。

後に<フーちゃん>の父親となる次男・和也は、弱冠24歳の若者だった。

この他、平田禿木に関する話が二つ(「二羽の鴨とグレー卿」「禿木随筆」)が収録されているのは、この時期『禿木随筆』を読んでいたためだろうか。

禿木の名前は出ていないが、「エドワード・グレー卿」も『禿木随筆』から導き出された話と思われる。

平田禿木は、福原麟太郎が尊敬する英文学者だったから、庄野さんも、福原麟太郎の随筆を読んで、『禿木随筆』を愛読するようになったのかもしれない。

僕は、庄野潤三と福原麟太郎の随筆を読んで、南雲堂から出ている『平田禿木選集(全五巻)』を買い揃えた。

教養の奥行きが広がっていく随筆集というのは、人生の滋養みたいなものなのかもしれないね。

書名:ぎぼしの花
著者:庄野潤三
発行:1985/04/20
出版社:講談社

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。