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横溝正史「悪魔の手毬唄」金田一耕助的世界観と民俗学的考察

横溝正史「悪魔の手毬唄」あらすじと感想と考察

横溝正史「悪魔の手毬唄」読了。

本作「悪魔の手毬唄」は、『宝石』1957年(昭和32年)8月号から1959年(昭和34年)1月号にかけて連載された、長編推理小説である。

金田一耕助的世界観の魅力

日本映画は、あまり観ないのだけれど、横溝正史の<金田一耕助シリーズ>は面白いと思っている。

その魅力を端的に言えば、主人公の私立探偵・金田一耕助が生きている世界観の設定にあるのではないだろうか。

例えば、終戦後間もない時代の、交通不便な山村にある小さな集落を舞台として、その閉鎖的な空間で暮らす人々は、戦前から続く古い因習と固定的な人間関係に縛り付けられながら生きている。

彼らが暮らす集落では、その地域独特の文化が形成されており、地域固有の風習なり伝統なりが、物語の筋書きと密接な関係を有している、といった具合にである。

本作『悪魔の手鞠歌』も、そうした<金田一耕助的世界観>の設定が魅力的で、最初から最後まで一気読みしてしまった(長かったけど、あっという間だった)。

特に、冒頭から登場している民間伝承は、民俗学に知識のない読者であっても、ついつい引き込まれてしまうものと思われるが、とりわけ、重要な役割を果たしているのが、作品タイトルともなっている、地域伝承の「手鞠歌」である。

「鬼首村手毬唄」一羽のすずめのいうことにゃ/おらが在所の陣屋の殿様/狩り好き酒好き女好き/わけて好きなが女でござる/女たれがよい枡屋の娘/枡屋器量よしじゃがうわばみ娘/枡ではかって漏斗で飲んで/日がないちにち酒浸り/それでも足らぬとて返された/返された(横溝正史「悪魔の手毬唄」)

この手毬唄は、もちろん、著者による創作上の産物なのだが、作中では、鬼首村において、なぜ、このような手毬唄が発生したのかという考察が紹介されていて、非常に興味深い。

これは、奇怪なトリックや鮮やかな謎解きといった、いわゆるミステリー小説の醍醐味とは異なるものかもしれないが、<金田一耕作的世界観>なくして<金田一耕助シリーズ>は成立し得なかったと、僕は思う。

なぜなら、こうした民間伝承の考察が、フィクション作品にいかにもなリアリティを生み出しているからだ。

そして、それは昔の(高度経済成長期以前の)日本の地方集落が持っていた魅力でもある。

金田一耕助は、古老に教えられた手鞠歌に事件解決の糸口を見い出しているが、物語において地域独特の手鞠歌が伝承されているのは、(昭和30年時点においても)ごく一部の古老のみであり、大きく変わりつつあった地方の生活というものを感じさせる。

1935年(昭和10年)、柳田国男によって創設された<民間伝承の会>は、終戦後の1949年(昭和24年)に<日本民俗学会>へと改称されているが、思えば、この時期こそが、民俗学が最も民俗学らしかった時代だったのかもしれない。

そして、戦前から続く因習と敗戦後の混乱とが混濁した、この時代の空気感を巧みに取り込んで築き上げられているのが、つまり、<金田一耕助的世界観>というやつなのである。

微妙かつ複雑に入り組んだ人間関係の綾

こうした金田一耕助的世界観においては、複雑怪奇な人間関係が生じやすいらしく、そこに残酷な事件が発生する隙間が生じている。

「それにしても、金田一先生、警部さん、世の中ちゅうたらおかしなもんじゃな。あんとき春江のやつが詐欺師で人殺しのタネをやどしとおるちゅうことがわかったときにや、おやじはかんかんにいきりたちよるし、おふくろはおふくろでわあわあ泣きわめきよったが、いまじゃその不義の子のおかげで左うちわじゃ。因果はめぐる小車の、これぞ世にも不思議な物語、以上をもって全篇のおわりとござあい」(横溝正史「悪魔の手毬唄」)

横溝正史が描こうとしているのは、集落の歴史の中で微妙かつ複雑に入り組んだ人間関係の綾であり、この人間関係のもつれを根気よく解いていくのが、すなわち、私立探偵・金田一耕助の役割ということなのだろう。

そして、このような人間関係を生み出す上においても、金田一耕助的世界観は大きな役割を果たしているのである。

ところで、本作は長編推理小説だけあって、さすがに登場人物が多い。

しかも、血筋の者が複雑に絡み合って人間関係を構築しているから、尚更こんがらがってくる。

こうした長編ミステリーではありがちなことだが、登場人物があまりに多く、頭の中だけで理解することが難しかったので、簡単なメモを取りながら、登場人物を整理しつつ読み進めた。

図式化しないまでも、一覧で可視化することによって、それぞれのキャラクターの果たす役割というものが見えてくるようだ。

僕は、ミステリー小説のマニアではないので、本作のトリックについて言及しようとは思わないが、思いがけない結末は、自分の想像を遙かに超えるものだったことは確かである。

書名:悪魔の手毬唄
著者:横溝正史
発行:1971/7/10
出版社:角川文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。