鴎外見立ての独特の色みの帯や晴れ着、シベリア鉄道で届いたドイツ製の子供服、夫から贈られた結婚指輪に刻まれていた言葉やダイアモンドにエメラルド、巴里の香水や手袋のお店。もちろん、テレビに出てくる芸能人のファッションチェックの目も冴える。どんな日でもお金さえあれば好きな洋服を買いに出かけたかった貧乏ファッションマニア森茉莉の目にも彩なるお洒落の宝石箱。(背表紙の紹介文より)
書名:贅沢貧乏のお洒落帖
著者:森茉莉
発行:2016/12/10
出版社:ちくま文庫
作品紹介
「贅沢貧乏のお洒落帖」は、明治の文豪・森鴎外の長女であり、作家の森茉莉によるエッセイ集です。
ちくま文庫オリジナルのエッセイ集で、森茉莉の作品の中から、編者である早川茉莉がチョイスした装いやおしゃれに関するエッセイが収録されています。
基本的には「森茉莉全集」全8巻(筑摩書房)と、それぞれのエッセイの初出の雑誌を底本としています。
幼少時の思い出やパリ時代の回想、アクセサリーに対する考え方やファッション術、芸能人のファッションチェックなど、幅広くお洒落に関するエッセイが収録されているので、ファッション好きの方は、一読の価値あり。
(目次)「第1章 幼い日のお洒落―茉莉の洋服・アンファンの洋服・キンドの洋服」伯林の洋服/独逸の洋服/アンファンの洋服、キンドの洋服/西洋人形の洋服/西陣織/美人/下絵/私の少女時代1/昔の私の三月三日/母/(髪結いの家)/再び田中邦衛について/着物///「第2章 巴里のお洒落」お洒落と態度―巴里の女たち/コペリア・「巴里」/そして巴里/巴里の街の色/(巴里の色)/巴里の珈琲店(キャフェ)、給士(ギャルソン)/パリの香水店(パルフユームリー)/手袋/巴里の百貨店の売子/超特大の帽子と紅い薔薇/美の世界の中のミニ・スカアト/初冬のヴィナス///「第3章 指輪・ネックレス・香水・嗜好品」私から離れない首飾り/宝石一閃/ダイアモンド今昔/黄色ダイヤ/宝石/勝栄荘/結婚指輪/ユウレイカ/私の宝石/贅沢なおしゃれ/香り/私と菫/(ケルク・フルゥル)/―アンケート―私と香水/(清潔な皮膚の香い)/鏡と女/たばこ随想///「第4章 森茉莉流お洒落術」私とスウェータア/私は厚化粧が嫌いだ/ロダンの「青年(ジュノンム)」、荷風の家/「鷗荘、鶴荘」/或一部の人の鴎外観、私と売り子との闘い/おかしな近況/疲労の中/MOBO・MOGAの時代/「第5章 ファッション・ドッキリ観察」お葉さん/幸田文氏のこと/日本の娘さん/黒柳徹子を見て頭に浮かんだ私の幻想場面/(黒柳徹子の洋服のレエス)/(せめて醜く見えることはやめた方がいい)/(成人の日の女の子たち)/(毛皮の外套のCM)/毛皮の女/世のおっ嚊あたち/変な世界/水野正夫のデザイン/神津善行の話/(ハンター・チャンスの柳生博)/(研ナオコ)/(私とタモリ)/黒い人/情緒ある脚///「第6章 お洒落切り抜き帖」///あとがき「森茉莉という特別誂えのステージ(早川茉莉)」///解説 三分だけ!(黒柳徹子)///初出一覧
なれそめ
多くの読者がそうだと思いますが、僕が森茉莉さんの作品を初めて読んだときのきっかけは「明治の文豪・森鴎外の娘だから」という単純な理由からでした。
けれど、これも多くの読者がそうであるように、森茉莉のエッセイの世界は、明治の文豪とはどこか遠くかけ離れた別の星から発信しているかのように独創性に満ち溢れていて、父親が誰だとかそういう次元を遥かに超えて、森茉莉自身の世界を創り上げています。
それにしても、こんなふうに1冊のアンソロジーにすると良く理解できますが、森茉莉って本当にお洒落が大好きだったんですね。
似たようなエピソードが随所に登場するのは初出の異なるエッセイあるあるですが、それを取捨選択しないで、似たようなエピソードも含めて収録しているのは、森茉莉マニアにとってはうれしいことだと思います。
森茉莉を知らない人が森茉莉のコアな世界を経験するには、ちょうど良い入口になるのではないでしょうか。
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
オークル・ジョオヌのスウェーターを三枚買った。
この冬、オークル・ジョオヌのボヤボヤした、灰色っぽい丸い貝釦のスウェーターを、下北沢の洋品屋で見つけ、三枚買った。形もいいし、気に入ったのはなかなか無いので、私は気に入ると三枚買う。それを着ると、昔を想い出すので、頬紅や口紅をつけたくなる。十八の時巴里に着いて初めて着たスウェーターの色でもある。(「私とスウェータア」)
数あるファッション・アイテムの中で、僕が一番好きなものは、おそらくセーターです。
ライバルとして考えられるのは、ダッフルコートか。
どちらも冬の必需品で、どちらも時代を超えて着続けることができる永遠のお洒落アイテム。
「オークル・ジョオヌ」とは金茶色のことで、森茉莉は「四十年以上前の巴里の、あんまり身分のよくない女のお白粉や頬紅、口紅で彩った顔を、妙に落ち着かせる色」と記しています。
セーターはシンプルな無地でも色でニュアンスを付けることができるので、意外と変化を楽しむことができます。
ただし、セーターの値段は微妙な色合いにはっきり出るので、安いセーターは白か黒に限ります。
逆に、高いセーターを買う時は、微妙な色合いを楽しめるものを選ぶとお得な感じがするものです。
タモリのセーターはイタリアの運河の色だった
今日タモリは橄欖(オリーブ)色のスウェーターを着て出ていたが、借してもらいたいような色だった。伊太利(イタリア)の運河の色だ。(「私とタモリ」より)
セーターが好きなので、ついついセーターの話ばかり選んでしまいます(とにかく、たくさんのエッセイが収録されているので、女子の好きな宝石や香水の話題なんかもいっぱいあるんですが)。
オリーブ色のセーターはあるにしても、「イタリアの運河の色のセーター」というのは、さすがに文学者らしい表現力だなあと、つい想像してしまいました(こういう微妙な色合いのセーターというのは、絶対に安物ではないはず)。
それにしても、エッセイの中でもタモリさんは「タモリ」と呼び捨てなんだなあと感心しました(笑)
値の安い玩具のようなものなら買ってあげよう
お茉莉、西洋では十六になって、最初の舞踏会に出る時に、始めて首飾りをするのだ。耳飾りも首飾りも指環も、十六にならぬと、しないのだよ。それだから値の安い玩具のようなものなら買ってあげよう。(「私から離れない首飾り」より)
せっかくなので、森鴎外の登場する話もひとつ選んでみました。
11歳の森茉莉が「首飾り」が欲しいと言ったとき、鴎外は16歳まで待つように諭し、その代わり、玩具のような安物の首飾りを買ってくれます。
と言っても、ベルリンの洋服屋へ洋服や帽子を注文した際に、一緒に買ってもらっているのだから、安物とは言っても舶来品であり、貴重なものであったことは間違いありません。
ちなみに、大正末期頃のお話です。
文豪の森鴎外が娘を溺愛している様子と、父親の愛情をたっぷりと受けて育ったお父さん大好きな娘の様子が、微笑ましいくらいに伝わってくるエピソードです。
読書感想こらむ
「本の壺」では3つだけご案内していますが、本当はもっともっと紹介したいポイントがある、読んでいてとても楽しいエッセイ集です。
古いことは古いのですが、その古さが感じられないくらい、森茉莉のオリジナル世界が繰り広げられています。
女性だったら(特に森茉莉マニア女子だったら)ぜひ手元に置いておきたいエッセイ集になるのではないでしょうか。
まとめ
「贅沢貧乏のお洒落帖」はお金がなくてもお洒落にこだわり続けた森茉莉のファッションエッセイ集。
森鴎外の回想も楽しいですが、やはり森茉莉の自由な生きざまを感じるのが、正しい読み方ではないでしょうか。
文庫本の隅々までお洒落が溢れています。
著者紹介
森茉莉(作家)
1903年(明治36年)、東京生まれ。
深田久弥や中島健蔵、三岸好太郎、草野心平、サトウハチロー、山本周五郎、棟方志功、山之口貘、小林多喜二、小津安二郎、林芙美子らと同世代である(明治36年生まれ)。