新入社員諸君よ、職場では誠心誠意はたらいてほしい。マゴコロは、必ず通じる。――マジメ人間として、自ら精勤刻苦のサラリーマン生活を体験した著者が、新しく会社づとめを志す人びとのために、ユーモアと風刺をまじえて綴る、サラリーマンのキビシさと、その心得のあれこれ。元祖マジメ人間の、体験的「サラリーマン入門」。(紹介文より)
書名:新入社員諸君!
著者:山口瞳
発行:1973/3/30
出版社:角川文庫
作品紹介
「新入社員諸君!」は、河出書房や寿屋(現在のサントリー)でサラリーマン生活を経験している直木賞作家・山口瞳さんが書いた、新人サラリーマンのための応援書です。
エッセイというよりも、著者が新入社員の読者へ呼びかける形になっているので、まるで目の前でお説教を受けているかのような気持ちになります。
発行はなんと1973年(昭和48年)。
もちろん、現在とは価値観の異なることも少なくありませんが、少なくとも根本のところでは、会社員に求められるものというのは、そんなに大きく変わっていないような気がします。
なにより、人生の先輩が、本気になって新入社員を叱責しているかのような、リズミカルな文体が心地良いです。
若者に媚を売ろうとかいう下心は一切なしで、と言って、先輩面した上から目線の一方的な叱責でもない。
自分の経験を踏まえて、会社員として(ひいては人間として)誇り高く生きよと、全力で励ましてくれています。
新入社員ならずとも、会社員なら一度は読んでおきたい名著です。
なれそめ
この「新入社員諸君!」は、常盤新平さんの「おとなの流儀」の中で紹介されていたので読んでみようと思いました。
僕の愛読書の一冊に「新入社員諸君!」(角川文庫)がある。なんども読んだので、ぼろぼろだ。著者は山口瞳。三十年も昔に出た本であるが、名著だと僕は思っている。僕が仮に新入社員だったら、これをまず読むだろう。おとなになるために、まともな人間になるために。(常盤新平「おとなの流儀」)
別に探すでもなく、山口瞳さんの「新入社員諸君!」はいつも行く古本屋の100円均一棚にありました。
良い本っていうのは、意外と100円で買えたりするものです。
常盤新平さんが愛読しているだけあって、「新入社員諸君!」はしっかりとした中身のある本でした。
あとがきまで入れて185ページの薄い文庫本だけれど、内容は全然薄っぺらくありません。
もっと若い頃に、こういう本を読んでおけばよかったな。
率直にそう思います。
本の壺
「新入社員諸君!」には、各ページがとにかく教訓で埋め尽くされているのですが、その中で、「僕が実践してきたこと」「僕が実践できなかったこと」「大人になった今、僕が共感できること」の三つを紹介したいと思います。
もっとも有利な投資は自分に金をかけること
会社員の多くの時代、僕はこの本の読者ではなかったわけですが、僕が実際に実践してきたことと同じことが書かれていました。
その中で、最も重要だと思ったのは、貧乏を恐れず、自分に投資しろという言葉でした。
会社員にとっては仕事が生命である。むしろ、借金をおそれるなと言いたい。損して得とれと言いたい。もっとも有利な投資は自分に金をかけることだ。(山口瞳「新入社員諸君!」)
若い頃の僕はどちらかと言えば浪費家で、洋服とか楽器とかカメラとか釣り具とか、そんなものにずいぶんお金を遣っていました。
今にして思えば、こうして遊んだ経験が自分の糧になって、将来的には仕事にも役立つことになっていくわけですが、周りから見ると無駄遣いの多いやつに映っていたことだと思います。
僕の場合、ギャンブルとかお酒とかには、ほとんどお金を使いませんでした。
自分への投資として有効かどうか(つまり仕事に生きるかどうか)ということは、心のどこかで意識していたような気がします。
本もたくさん読みました。
山口さんの「一見、仕事に関係のないように思われる書物を乱読することをおすすめする。そうやって社会を知り、人間を知り、人生を知ることの方が、はるかに仕事にとって有益なのである」という言葉は、まさしく真実だと思います。
将来大きく回収するためにも、自分への投資はケチらない方が良いみたいです。
ただし、実際に回収できるのは、ずっと後になっての話です。
サラリーマン人生は、最後の10年間で大きな差が付いてきます。
最後の10年間で若い頃の負債を回収して、利益も大きく上げましょう。
最低三年間は我慢しなさい
石の上にも三年。
まして、会社は新入社員に投資しているんだから三年間は我慢して仕えなさい。
僕は、この山口さんの言葉を実行できなかった新入社員の一人です。
当時の僕は、大学を卒業して最初に入った会社を1年10か月で退職してしまったという、就職のマッチングに失敗した若者の一人でした。
その後、2年近くをフリーターでしのぎながら、なんとか現在の会社に就職した後は、ここまで無事に勤め続けることができています。
若者が会社を辞める理由なんて、そんなにたいしたものじゃないと思います。
要は、我慢できないことが多すぎるということ。
我慢しなければいけないことと比べて、得られる実益が少なすぎるということ。
このまま、この会社で働き続けていても自分のためにはならないと、僕はたくさんの先輩社員の姿を見て学びました。
結論だけ言えば、転職は成功だったと言えますが、先輩社員から見た僕は、我慢の利かないわがままな若者だったと思います。
大人になった今、山口さんの言いたいことが、僕には分かるような気がします。
せめて当時の会社に、山口さんのように本気の姿勢で新入社員と接してくれる上司がいたら―。
もしかすると、僕の人生はまた違ったものになっていたかもしれませんね。
自分の会社の悪口は言うな
自分の会社の悪口は、どんなことがあっても言うな。自分の会社の上役・同僚の悪口を他者の人に言うな。たとえ厭な奴という定評があっても、かばってもらいたい。なぜならば、自分が損をするからである。悪口を聞いた人は、なんだ、そんなつまらない会社で、そんなつまらない上役につかえているのか、馬鹿だな、お前は、と思うだけである。(山口瞳「新入社員諸君!」)
いつも僕のところへ取材に来る若い新聞記者の口癖は「うちは上がバカだから」でした。
新聞記者という仕事も、相当にストレスの溜まる仕事みたいで、その記者も上司との付き合い方に、かなりうんざりしていたのだと思いますが、取材先でそんな話を聞かされても、あまり気持ちの良いものではありません。
まして、自分の会社のことが記事になることを考えると、報道機関としてしっかりとしてほしいと思ったのが本音です。
経験的に、しっかりとした会社の社員ほど、自分の会社の悪口を言うことはありません。
どんな場面であっても、悪口というのは、言ってプラスになる発言ではないと心得ましょう。
「新入社員諸君!」の中の「新入社員に関する十二章」は、新入社員としての心得が非常にうまくまとめられています。
時間のない方は、ぜひ、この部分だけでも読んでいただきたいと思いました。
読書感想こらむ
有名だか有名でないんだか分からないミュージシャンにSIONという人がいる。
このSIONという人が、昔「フラフラフラ」という歌を歌っていた。
2トントラックの運転手が毎日仕事に追われながら「俺の本当にやりたいことはこれじゃなかった…」とつぶやいている歌だ。
そして僕は、この歌のサビの部分にある「♪やりたいことはこれじゃなかった、フラフラフラ~」というフレーズを、これまでに幾度となく繰り返し口ずさみ、そうしてここまで生き残ってきた。
つまり、人生というのは、そういうものなんじゃないかなと思う。
きっと誰もが「♪やりたいことはこれじゃなかった、フラフラフラ~」と口ずさみながら、長い人生を必死に歩き続けているのだ。
子どもの頃夢だった仕事に就いた人たちでさえ「やりたいことはこれじゃなかった」とつぶやいているかもしれない。
そう思うことで、僕もまた今日一日を頑張ることができるのだ。
「♪やりたいことはこれじゃなかった、フラフラフラ~」と口ずさみながら。
まとめ
会社員になったときに読むべきサラリーマン入門。
良き先輩、良き上司になりたい人は必ず読んでおくべし。
誇り高く生きるすべてのサラリーマンに推薦します。
著者紹介
山口瞳(作家)
1926年(大正15年)、東京生まれ。
河出書房などの出版社や寿屋(サントリー)での勤務を経て執筆業に入る。
本書出版時は47歳だった。