いろいろの世界

池澤夏樹・編「わたしのなつかしい一冊」ジャンルを超えて楽しめる書評コラム集

池澤夏樹・編「わたしのなつかしい一冊」あらすじと考察

池澤夏樹・編「わたしのなつかしい一冊」読了。

本書は、毎週土曜日の『毎日新聞』に掲載されている書評欄「今週の本棚」の一コーナー「なつかしい一冊」を書籍化した書評コラム集である。

書評とは、読書を通して自分語りをすること

作家の書評は、本について書きながら自分について書いていることが多い。

例えば、永井愛の『外套・鼻』(ゴーゴリ)についての書評。

喜劇的な手法でしか描けない悲劇があることを知った。戯曲を書き始めたとき、漠然と頭にあったのは、ゴーゴリのような手法で自分を取り巻く世界を描けないかということだった。(永井愛・選「外套・鼻」)

著者は「日本にも、多くのアカーキイが彷徨している」という一文で、このコラムを締めくくっている。

ゴーゴリを読んだことがない人にも、ゴーゴリを読ませたいと思わせる、巧みな書評ではないだろうか。

川本三郎がチョイスしたのは、ケストナーの『飛ぶ教室』である。

少年時代は友情の季節である。男の子たちにとっては友情が何より大事になる。そうでない奴なんかくたばればいい。(川本三郎・選「飛ぶ教室」)

冒頭から、自己主張が始まっている。

書評とは、読書を通して自分語りをすることなのだ。

自分語りとして素晴らしいのは、坂口安吾の『堕落論』を選んだ水谷修である。

この本を読んだその日に、私は、左翼組織を離脱した。朝まで続く「粛正」という名のリンチ。翌朝、痛む身体を引きずりながら見た景色を今も忘れることができない。空の色、木々や花々、すべてが今まで見たことのない美しさだった。(水谷修・選「堕落論」)

「なつかしい一冊」では、ノスタルジックでナルシシズムな文章も多い。

サンドバーグの『シカゴ詩集』を選んだ斎藤真理子は、本の扉に「マリ」と書かれた稚拙な蔵書印を発見する。

懐かしい本の中には忘れていた自分がいる。ほとんど知らない人に近い。顔を合わせるとたいへんきまりが悪く、目で挨拶して本を閉じる。(斎藤真理子・選「シカゴ詩集」)

既に書評ではなくてエッセイだけれど、これはこれでいい。

新聞コラムの良さが感じられる。

意外と純文学作品が少ない「なつかしい一冊」

山内マリコはオールコットの『若草物語』を採りあげている。

少女ではなく、大人の女性として自分の人生を生きたとき、はじめてわかることは多い。この本もまた、そういう物語なのだ。大人になってから再び立ち返ることで、深いところまで沁み入ってくる。(山内マリコ・選「若草物語」)

書評は難しい批評ではなく、感動を伝えられる文章であればいいのかもしれない。

ちなみに、山内マリコは、この後『続若草物語』を買ったらしい。

『若草物語』が素晴らしかったことを端的に示すエピソードだと思う。

津村記久子が選んだのは、ロス・マクドナルドの『さむけ』である。

長い期間にわたって断続的に起こる殺人の根源にある苛烈な欲望は、思い出すだけで寒々しい気分になる人間の罪悪の姿を読者の心に刻みつける。知らない方が気楽かもしれない。しかし、小説を読むからには、人間のことを知りたいと思うからには、この終わりを読めることこそが幸福なのだと言い切りたい。(津村記久子・選「さむけ」)

力の籠った文章からは、作者に対するリスペクトが伝わってくる。

本書を通読して感じたことは、「なつかしい一冊」では、意外と純文学作品が少ないということだ。

山田美保子が選んだ『ピーナッツ全集』なんて、チャールズ・M・シュルツの漫画である。

私にとっての「なつかしい一冊」は、何度読み返しても、いまも多くのことを教えてくれる「頼もしい一冊」でもあるのだ。(山田美保子・選「ピーナッツ全集」)

谷川俊太郎の翻訳した『ピーナッツ』は、もはや「哲学」でさえあると言われる。

「わたしのなつかしい一冊」は、ジャンルを超えて楽しめる書評コラム集ということなんだろうな。

読書に疲れたときにおすすめ。

書名:わたしのなつかしい一冊
編者:池澤夏樹
発行:2021/8/5
出版社:毎日新聞出版

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青いバナナ
アンチトレンドな文学マニア。推しは、庄野潤三と小沼丹、村上春樹、サリンジャーなど。ゴシップ大好き。