いろいろの世界

津村節子「みだれ籠」ディスカバー・ジャパンの時代を旅する随筆集

津村節子さんの「みだて籠(旅の手帖)」を読みました。

秋の四連休、自宅で懐かしい旅行記を楽しんでいます。

書名:みだれ籠(旅の手帖)
著者:津村節子
発行:1989/11/10
出版社:文春文庫

作品紹介

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「みだれ籠(旅の手帖)」は、津村節子さんの旅行記です。

あとがきには「旅の随筆をまとめてみませんか、と言われたが、一冊になるほどあるとは思えなかった」「こうして集めてみると、思いがけない枚数になって、本人の私が驚いている」とあります。

雑誌や新聞などに掲載された旅行に関する随筆を一冊にまとめた随筆集のひとつ。

表紙カバーのデザインが美しい津村節子さんの「みだれ籠(旅の手帖)」表紙カバーのデザインが美しい津村節子さんの「みだれ籠(旅の手帖)」

単行本は、1977年(昭和50年)に読売新聞から刊行されていますが、文庫版刊行に際しては、単行本刊行以降に発表された随筆も収録されています。

ちなみに当時は、国鉄(日本国有鉄道)の「ディスカバー・ジャパン・キャンペーン」によって、国内旅行がブームになっていた時代で、本書の中にも当時の雰囲気が随所に登場しています。

善光寺詣りは年配の人が多いとものと思っていたが、意外なことに学生やOL風の若い男女が多い。かれらは信心のためではなく、ディスカバー・ジャパンの旅、ポスターや雑誌などに紹介された名所、旧跡、風光明媚な観光地など、どこでも何でも見てやろう式の旺盛な好奇心と行動力で、日本全国廻っているのだろう。(「女の旅」1976年)

あらすじ

本書は、様々な雑誌や新聞等で発表済みの紀行文を収録したもので、全体の構成は「北海道・東北編」「関東編」「北陸編」「中部編」「関西編」「九州編」「外国編」のように地域別にまとめられています。

目次///「Ⅰ 北海道・東北編」さい果ての旅情を求めて/北の旅から/最後の楽園///「Ⅱ 関東編」結城/貧しき人々のほとけ/黄八丈/遠い旅近い旅///「Ⅲ 北陸編」/賽の河原/若狭路の旅/歴史のまち、佐渡・相川/荒海の島の心と芸術/三国にて/福井慕情/古越前の里/塗物の町から絵付の里へ/加賀味覚散歩///「Ⅳ 中部編」富士の見えるホテル/女の旅/天城山麓のわさび田/縁///「Ⅴ 関西編」近江八景/京の趣味の買い物///「Ⅵ 九州編」やまなみハイウエーで訪れる三つの湖/山家の一夜/大島紬/火と土の町有田を行く/長崎の旅///「Ⅶ 外国編」ハワイの一週間/三度目のハワイ/ギリシャの旅/たった二日のパリ見物/女だけの台湾旅行///あとがき/掲載誌一覧

大晦日の夜、行商の旅から上野に夫と漸く辿り着いたこともあれば後に同じ地方へ幼かった子供達と遊びに行った思い出の旅もある。魅力あふれる伝統の焼物や織物と触れ合う旅、珍しい食物や風物とゆきあう旅、そして、なによりもさまざまな人々との出逢いの旅。好奇心が旺盛で、濃やかな感性の女流作家が掬い上げた旅の楽しみ。(カバー紹介文)

なれそめ

秋の四連休が始まりましたが、特に予定もないので、いつもの週末と同じように、部屋で本を読みながら過ごしています。

こういう時に読みたくなるのが、旅の思い出を描いた「旅行記」とか「紀行文」などと呼ばれる随筆集です。

読書が趣味の自分は、旅に関する本を読んでいるだけでも、十分に旅の醍醐味を楽しめてしまうような気がします。

特に好きなのは、戦後の「レジャーブーム」とか「旅行ブーム」「秘境ブーム」などと呼ばれた時代に綴られた旅行記で、1970年(昭和50年)から始まった国鉄の「ディスカバー・ジャパン・キャンペーン」の時代には、とにかくすべての国民が、日本中をあちこち移動して歩いていたので、実にたくさんの旅行記が刊行されています。

古本屋で買った「みだれ籠」には、近畿日本ツーリスト「旅人ロマン物語」の栞が挟まっていた古本屋で買った「みだれ籠」には、近畿日本ツーリスト「旅人ロマン物語」の栞が挟まっていた

今回選んだ津村節子さんの「みだれ籠(旅の手帖)」も、そんな時代に刊行された旅の随筆集です。

日本全国の土地土地へ行った思い出が綴られているので、旅行気分を味わうにもぴったり。

読書の秋に、昭和の旅行気分を楽しんでみました。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

わが手でわが子の命を断った母の、悔やんでも悔やみきれぬ思い

古い古い時代から現代に至るまで、子を失った母の嘆きは変らぬものらしい。病気で死んだ子もあろうが、貧困故に、間引いた子もあろう。わが手でわが子の命を断った母の、悔やんでも悔やみきれぬ思いが、洞窟いっぱいに充満しているようだ。(「賽の河原」1969年)

津村さんの旅行記には、小説家としての視点が常に付きまとっています。

観光地を見て「美しいわね」で終わる旅行記ではありません。

その土地で生きた人々や死んだ人々に思いを馳せながら、その土地を巡ることの意味を、旅のどこかで必ず見出そうとしているかのようです。

「賽の河原」は、佐渡島の北の果てに残る海岸の洞窟「牛乳ビンほどの無数の小地蔵たちが身を寄せ合っていた」そうです。

長崎の市電に乗ってみて、こんな便利な乗物はないと

長崎の市電に乗ってみて、こんな便利な乗物はないと再確認した。車がふえすぎて市電を廃止するとは何と愚かしい措置だろう。車を規制し、市電を残すべきである。車が運べる人数はたかが知れており、交通渋滞はますますひどくなるばかりではないか。娘が長崎で最も気に入ったのは、市内を端から端まで走っている、こののどかなチンチン電車であった。(「長崎の旅」1976年)

旅情を強く感じる乗り物に「路面電車」があるということは、当時も今もほとんど変わらないようです。

津村さんは、長崎の市電が相当のお気に入りだったようで「長崎は小さい町だから、なるべくタクシーを利用せずに歩いた方がいい。市電を利用すると便利である」「頻繁に来るし、他の乗物より優先して早いし、料金は全線均一で、市民にとってはなくてはならぬ足になっている」と絶賛しています。

ちなみに、「長崎の旅」が綴られた1976年は観光ブームで盛り上がっていた頃で「まだシーズンには早いと思ったが、若い女性の旅行者は、いつどこへ行っても夥しい数である。暇とお金が一番多い種族なのだ」と、当時の世相を指摘しています。

雪見障子から見える庭に、音もなく降り積る雪を見ながら、

雪見障子から見える庭に、音もなく降り積る雪を見ながら、いつぞや大雪のときは、大阪から見えたお客さまが十日もお帰りになれなかった、という話を聞いていると、それは雪のせいだったのか、この宿に魅入られたのではないだろうか、とそんな気さえしてくる夢幻的な夜であった。(「加賀味覚散歩」1978年)

「この季節、北陸に行くのはためらわれた」と言いながら、津村さんは「加賀料理の魅力に負けて」、この取材旅行を引き受けてしまいます。

「住む人々にとっては、重苦しく垂れ籠めた灰色の雲、水気の多いぼた雪、底冷えのする陰鬱な北陸の冬は堪え難いが、日本海の魚が一番おいしいのはこの季節である」と食事目当ての旅は、「加賀美人として有名なおかみさんがいる『にし津』」を拠点として始まります。

「金沢は東京のようなマンモス都市と異なり、少し歩くと楽しい店がいっぱいある。長生殿、千歳などの銘菓で有名な森八、漬物の四十万谷本舗、麩屋の不室屋を慌しく廻って、加賀茶懐石、三統へ行く」などという案内を読んでいると、実際に旅へ出かけてしまいたくなりますね。

掲出の「雪見障子から見える庭に、音もなく降り積る雪を見ながら」は、宿に戻って夕方から降り始めた雪を眺めている場面ですが、さすがに文学者らしい装飾的な表現で、随筆の味わいをたっぷりと楽しませてくれました。

読書感想こらむ

「私は何の趣味もないが道楽もないが、旅は好きだ」と、津村さんは書いています(「山家の一夜」1972年)。

「神社・仏閣、名所旧跡などは少しも見たいと思わない。風光明媚でなくてもかまわない。見知らぬ町をのんびりとあてもなくぶらついたり、何時間でも山や海を眺めたり、旅先で知り合った人に土地の話を聞いたりしたい」、それが津村さんの旅の流儀で「それも一人旅がいい」というのだから、これは本物の旅好きということなのでしょう。

旅好きな小説家の目によって描かれた旅の記憶、これがおもしろくないはずはありません。

文庫本一冊で日本中を旅できる。

読書って、なんて贅沢な趣味なんだろうと、僕は本気で考えています。

まとめ

津村節子さんの「みだれ籠(旅の手帖)」は、短い紀行文を集めた随筆集です。

主に1970年代の日本各地を旅したときの様子が綴られています。

旅行中の人にも、旅行に行く前の人にも、旅行から帰ってきたばかりの人にも、そして、旅行に行けない人にもおすすめです。

著者紹介

津村節子(小説家)

1928年(昭和3年)、福井市生まれ。

1965年(昭和40年)、『玩具』で芥川賞受賞。

単行本『みだれ籠』刊行時は49歳だった。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。