レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」レビューの4回目。
3人目の人妻<リンダ・ローリング>が登場して、物語は、大人のロマンスを展開していく。
切なすぎる大人のロマンスを。
部屋着の前がはだけて、その下は九月の朝のように何もまとっていないはだかだった。
テリー・レノックスのためにギムレットを飲んでいたヴィクターで、マーロウは、<リンダ・ローリング>と出会う。
なんと、彼女は殺されたレノックス夫人の姉であり、テリーの義理の姉でもあった。
リンダは、大富豪である父<ハーラン・ポッター>の名を出して、マーロウが事件を蒸し返すことのないように、暗に警告する。
マーロウが次にリンダに会ったのは、アイドル・ヴァレーにあるウェイド夫妻の邸宅だった。
流行作家・ロジャーからカクテルパーティーに招かれたマーロウは、医師であるエドワード・ローリングが、ロジャーと激しくやり合う場面を目撃する。
ローリング博士は、自分の妻リンダが、ロジャーに寝取られていると信じていたのだ。
ロジャーは相変わらず、マーロウに住み込みで、酒を飲むと何をしでかすか分からない自分の面倒を見てほしいと考えていた。
マーロウは、美しすぎるウェイド夫人(アイリーン)に、ロジャーの心の中には何かの秘密があって、それが原因となって酔っぱらいすぎているのだろうと指摘する。
「私は夫を愛していますわ」と、彼女はきっぱり言った。「若い娘のような愛し方ではないかもしれません。でも、愛しているのです。女が若い娘でいられるのは一生に一度です。私がその頃愛していた男は死にました。戦争で死んだのです。ふしぎな話ですけれど、頭文字があなたと同じなのです」(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」)
何事もなく一週間が過ぎた頃、ウェイド家でトラブルが起こった。
マーロウが泥酔したロジャーから呼び出しを受けた、その夜、ロジャーは拳銃を使って自殺をしようとしたのだ。
アイリーンは精神的に追いつめられているようだった。
マーロウはロジャーに睡眠薬を飲ませて寝かせつける。
私はうしろを向いて、ドアを閉めた。とにかく、閉めておく方がいいようだった。私が向きなおると、彼女のからだが胸の中に倒れかかってきた。私はすぐ彼女を抱きとめた。抱きとめなければならなかったのだ。彼女は私にからだを押しつけた。髪が私の顔にふれた。唇が接吻を求めて、開かれた。からだがこまかくふるえていた。
歯がひらかれ、舌がのびた。それから、両手が下げられて、何かをひっぱると、部屋着の前がはだけて、その下は九月の朝のように何もまとっていないはだかだった。「ベッドに寝かせて」と、彼女は呼吸をあらくしていった。(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」)
マーロウが振り返ったとき、召使いのメキシコ人・キャンディが、こっそりと部屋を覗いているところだった。
「きっと戻ってきてくださると思ってたわ」と、彼女はしずかにいった。
物語の中盤は、ロマンスのムードが強く漂っている。
ひとつは、殺されたレノックス夫人(シルヴィア)の姉であるリンダ・ローリングの登場。
彼女は、夫のローリング博士から、流行作家・ウェイドと不倫の関係にあると疑われている。
ウェイドは激しく否定するが、ウェイドの妻・アイリーンは、夫が自分の他に女を作っていることを、既に知っている様子だった。
ここに事件を解く鍵がひとつある。
そして、もうひとつは、美しすぎる人妻・アイリーンの謎の過去。
誰かの名前を呼んだようだったが、私の名前ではなかった。私は彼女のそばに近よっていった。「きっと戻ってきてくださると思ってたわ」と、彼女はしずかにいった。「たとえ、十年たっても」(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」)
どうやら、アイリーンには秘密の過去があるらしかった。
美しすぎる人妻の謎の過去。
実は、その「謎の過去」こそが、事件を解く最大の鍵となっているのだが、これ以上、筋書きに触れることはやめておこう。
ミステリ小説としての「長いお別れ」の醍醐味は、まさしく、この続きにあるのだから。
※「長いお別れ」レビューは次回で最終回の予定です。
書名:長いお別れ
著者:レイモンド・チャンドラー
訳者:清水俊二
発行:1976/4/30
出版者:ハヤカワ文庫