外国文学の世界

レイモンド・チャンドラー「長いお別れ<3>」美しすぎる人妻とアル中の人気作家

レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」

レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」レビューの3回目。

テリー・レノックスがすべてを告白して自殺した、そう聞かされた後で、物語はどんどん動き始める。

静かな滑り出しが、まるで嘘だったみたいに。

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私は彼女をとらえて、引きよせ、頭をぐっと上に向かせた。そして、唇に強く接吻した。

ニューヨークの出版社・ハワード・スペンサーに呼び出されたマーロウは、流行作家・ロジャー・ウェイドの附き添いを依頼される。

話によると、ウェイドはアルコール中毒で、酒を飲むと何をしでかすか分からない、彼の妻が大怪我をしたこともあるのだという。

スペンサーは、酒のためにウェイドの執筆が進んでいないことを憂慮していた。

美しすぎるウェイド夫人(アイリーン・ウェイド)は、突然に家を出て三日になる夫を探してほしいと、マーロウに依頼をする。

ウェイドの部屋からは「私は君がきらいだ、V医師。だが、いまは君が必要なのだ」と書かれたメモが見つかっていた。

マーロウは、<カーン協会>のジョージ・ピーターズから情報をもらい、頭文字が<V>で始まる、もぐりの医師を探し始める。

やがて、マーロウは、セパルヴェダ・キャニョンのヴァリンジャーの邸宅で、ウェイドを発見し、気の狂った若者アールと格闘した末、ウェイドを自宅へ連れ戻すことに成功する。

「これを残して行きます」私は彼女をとらえて、引きよせ、頭をぐっと上に向かせた。そして、唇に強く接吻した。彼女はさからいもせず、反応も示さなかった。しずかに身をひいて、私を見つめた。「こんなことをしてはいけなかったわ」と、彼女は言った。(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」)

私は彼を想い出して、ぼんやりした悲しみといいようのない苦々しさを味わった。

テリー・レノックスが自殺したところから、物語はミステリーらしく加速していく。

美しすぎる人妻の登場、アルコール中毒となった人気作家の捜索、気の狂った若者との格闘。

マーロウは頭を働かせて、人気作家ウェイドの隠れ場所を突きとめ、持ち前の勇気と腕力でアールをぶちのめす。

そして、無事にウェイドを送り届けたマーロウは、<絶品の人妻>アイリーンにキスをする。

ハードボイルド小説に必要な<推理>と<格闘>と<恋愛>という、すべての要素が、この中には違和感なく詰め込まれている。

とりわけ、美しすぎる人妻アイリーンの登場は、物語にとって極めて重要な場面である。

彼女は私のすぐそばに立っていた。香水が匂っていた。匂ったと想えただけかもしれなかった。噴霧器でふりかけているはずはなかった。夏の日だからだったかもしれない。(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」)

マーロウが、彼女にメロメロになっているからだろうが、アイリーンの登場する場面は、常に感傷的で美しい。

当然、この後のストーリーは、アイリーンを中心に描かれていくことになるが、静かに滑り出した自動車が、一気に加速したように、物語は激しく展開していく。

ウェイドの失踪と捜索と発見は、最初の展開のひとつにすぎない。

登場人物はさらに増え続けていくし、ストーリー展開はさらに込み合ってくる。

どんどん複雑になっていく中で物語の中心にあるのは、「テリー・レノックスは本当に彼の妻シルヴィアを殺したのか?」というテーマだ。

少なくとも警察や弁護士やギャングや新聞はそう主張していたし、マーロウは「彼がそんなことをするはずがない」と考えていた。

マーロウは、テリーから届いた手紙に書かれていたように、ヴィクターへ行ってギムレットを飲もうと考える。

バーはまだ静かで、彼がいちばん好きな時間だった。私は彼を想い出して、ぼんやりした悲しみといいようのない苦々しさを味わった。<ヴィクター>の前をそのまま通りすぎてしまいたくなった。だが、通りすぎるわけにはいかなかった。私は彼の金をあまりにも多く持ちすぎていた。(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」)

そして、ヴィクターでギムレットを飲んでいるとき、物語はさらに新しい展開を見せ始める。

書名:長いお別れ
著者:レイモンド・チャンドラー
訳者:清水俊二
発行:1976/4/30
出版者:ハヤカワ文庫

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。