日本文学の世界

鈴木真砂女「真砂女の入門歳時記」日本には素晴らしい季語と俳句がたくさんあるんだ

鈴木真砂女「真砂女の入門歳時記」日本には素晴らしい季語と俳句がたくさんあるんだ

鈴木真砂女さんの「真砂女の入門歳時記」を読みました。

これから俳句を始めたいと考えている女性の方にもお勧めの歳時記です。

書名:真砂女の入門歳時記
著者:鈴木真砂女
発行:2000/3/18
出版社:ハルキ文庫

作品紹介

created by Rinker
¥1
(2024/03/29 05:11:11時点 Amazon調べ-詳細)

「真砂女の入門歳時記」は、鈴木真砂女さんによる俳句入門者用の歳時記です。

初心者にも親しみやすい季語を、代表句の解説とともに紹介しています。

解説はありませんが、「女流百句」の紹介もあり。

単行本は、平成10年4月にPHP研究所から「真砂女歳時記」として刊行されています。

明治から平成と、四つの時代を女として、母として、俳人として生きてきた著者の、初めての俳句入門書。子規から真砂女まで、近現代の俊吟に艶やかな観賞を与え、季語別に編集。現代女流百句も収録。(カバー文)

なれそめ

鈴木真砂女さんは、銀座の小料理屋「卯波」の名物女将としても知られる女流俳人です。

「羅(うすもの)や人悲します恋をして」の句が有名で、「人悲します恋をして」というタイトルの随筆集も出版しています。

created by Rinker
¥78
(2024/03/29 05:11:12時点 Amazon調べ-詳細)

その波乱に富んだ人生から生み出される俳句は、ドラマチックであり、また、小料理屋の女主人として作る生活に根差した俳句にも、独特の趣があります。

「真砂女の入門歳時記」は、俳句初心者を対象として、真砂女さんが初めて編んだ歳時記で、特に一般の主婦層を念頭に置いているのか、暮らしと密着した親しみやすい季語を中心に紹介されています。

それぞれの季語には、代表的な作品と解説が掲載されていますが、いかにも真砂女さんらしい女性的な視点からの選句で、この本で初めて触れた俳句も多く収録されています。

俳句が決して一部の芸術家だけのものではない、生活に根差した文学なんだということを、改めて感じさせてくれる歳時記です。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

壺焼やいの一番の隅の客(石田波郷)

この句に詠まれた小料理屋は、銀座の路地裏にある筆者の店で、多くの俳人が集まり波郷も常連の一人でした。当時、朝日新聞社は数寄屋橋にあり、波郷は朝日俳壇の選句が済むと、そこから十分とかからないこの店へ立ち寄るのが習わしのようになっておりました。(「真砂女の入門歳時記」)

真砂女さんのお店の「入ってすぐ左側の隅が波郷の定席で、その時間では一番早いお客」だったそうです。

真砂女さんのお店では「千葉県・安房から直送される栄螺の壺焼が看板料理」で、「波郷は特に好んで注文して」いたんだとか。

高名な俳人の、ちょっとした素顔が分かって、さすがに銀座の小料理屋の女主人だからこその解説です。

ちなみに、イラストレーターの安西水丸さんのエッセイにも、真砂女さんのお店「卯波」と、鈴木真砂女さん本人に関するエピソードが紹介されています。

安西水丸「たびたびの旅」人はどうして旅の思い出を抱いて生きるのか
安西水丸「たびたびの旅」人はどうして旅の思い出を抱いて生きるのか安西水丸さんの「たびたびの旅」を読みました。 気軽に読める旅エッセイ、読書の秋にもおすすめです。 書名:たびたびの旅 ...

みつ豆や仲がよすぎてする喧嘩(稲垣きくの)

仲のよい女友達が逢って、つぎからつぎへと話の尽きない様子が浮かんできます。遠慮のない仲は、ときには言いにくいことも口から出ます。お互い負けてはいません。ついつい喧嘩ごしになります。けれどコーヒーより蜜豆が口に合う古いつきあいの友達、争いも刻がたてばケロリと忘れる二人です。(「真砂女の入門歳時記」)

蜜豆について真砂女さんは、「寒天を賽の目に切って、茹でた豌豆、蜜柑や桜桃の缶詰にしたものを上にのせ、蜜をたっぷりかけて食べるのが蜜豆です」と説明しています。

特に「上に餡をのせたものが餡蜜」で、「女性や子供に特に好まれる食べ物です」との解説には、誰もが納得でしょう。

標題の句からは、真砂女さんの「季節は初夏、単衣の和服をすっきりと着こなした美しい女性たちを思い浮かべます」というコメントがましくぴったり。

暮らしの中の何気ない一コマをスケッチのように詠む。

そこに俳句の楽しさのひとつがあるのではないでしょうか。

熱燗やいつも無口の一人客(鈴木真砂女)

古い常連の中に熱燗好みの客がおりました。無口な人で、ゆっくり酒を楽しんでいるように見受けられました。酒は強く、乱れることはありませんでした。言葉は交しておりましたが、口数は少なく静かな人で、この人も既にあの世へ旅立って久しくなりました。(「真砂女の入門歳時記」)

「真砂女の入門歳時記」には、筆者である鈴木真砂女さん自作の俳句も多数掲載されています。

銀座の小料理屋をきりもりする女将としての視点から詠まれた俳句には、酒場を通して語られる人々の暮らしが見えます。

「新涼や尾にも塩ふる焼肴」「のれん入れて風すさぶ夜の蜆汁」「鮟鱇の肝蒸しあがる雪催」など、料理屋の季節が透けて見えるような作品が、真砂女さんの俳句のまさしく醍醐味。

標題「熱燗やいつも無口の一人客」の句も、「熱燗」という季語と「いつも無口の一人客」の組み合わせが絶妙で、寒い冬の夜に黙々と酒を飲む男性の姿が目に浮かんでくるようです。

歳時記とは、俳句を作る際に必要となる「季語の辞書」のようなものですが、編者によって趣もいろいろと異なるので、俳句鑑賞のツールとしても、ぜひ楽しみたいところです。

読書感想こらむ

「真砂女の入門歳時記」は、初心者のための歳時記ではありますが、季語の選定はなかなかに通好みのものも多く、特に季節の食べ物に関する季語が多く登場します。

料理屋を営む真砂女さんの好みが反映された歳時記ということでしょうね。

そして、それぞれの季語と一緒に紹介されている例句には、女性によって作られた作品が多く取りあげられているのも、本書の特徴だと思います。

「かなかなやどの家も父のゐる夕餉(鈴木栄子)」「秋風やわが表札の女文字(鷲谷七菜子)」「乳房ある故のさびしさ桃すすり(菖蒲あや)」など、本書で初めて知った素晴らしい作品も多く、初心者のみならず、俳句に関心のある方にはお勧めしたい歳時記です。

ちなみに、「あとがき」とか「作品解説」とかがあると、より深く作品を理解することができると思うのですが…(残念)。

まとめ

鈴木真砂女さんの「真砂女の入門歳時記」は、女性に向けた俳句初心者用の歳時記です。

女性ならではの視点で選ばれた例句や、その解説を読んでいるだけで楽しめます。

男性にもベテランにもお勧め。

著者紹介

鈴木真砂女(俳人)

1906年(明治39年)、千葉県生まれ。

銀座の小料理屋「卯波」の女将としても活躍。

単行本の「真砂女歳時記」刊行時は92歳だった。

created by Rinker
¥1
(2024/03/29 05:11:11時点 Amazon調べ-詳細)

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。