これほどの粋には到達できない―ほど粋な話がいっぱい。軽妙な文章、ピリッとしたアイロニー、実用的ヒント満載の「ありそうでない」大人向けエッセイ極上作!(『紳士の粋』帯より)
書名:紳士の粋
著者:板坂元
発行:1998/7/10
出版社:小学館「ショトル・ライブラリー」
作品紹介
雑誌『サライ』連載の「紳士シリーズ」、『紳士の小道具』『紳士の文房具』『紳士の食卓』に続く第4弾は『紳士の粋』でした。
タイトルのとおり、「紳士の粋」を表現するダンディなアイテムが次々に登場して、著者の豊富な知識とコレクションで誌面はあっという間に埋め尽くされてしまいます。
知識の栄養に、目の保養に。
(目次)アール・デコー/アール・ヌーボー/米国の骨董屋で/インキスタンド/インテリア/うわなり打ち/音楽浴/女の黒髪/掛け軸/カトラリー/燗鍋/雁風呂/限定版の万年筆/孔子とハンバーガー/醤油瓶/潔癖感/007と’60年代の日本/竹細工/小さきもの、いとうつくし/長崎人気質/長崎・丸山遊里/鍋敷/盃洗の作法/文台/引き下ろせば反故/文房具/文房具セラピー/水差し/無用の用/モダニズムの時代/遊郭の記録/ランプ/うしろ書き
なれそめ
今よりもずっと若かった頃、無暗に雑誌『サライ』が好きでした。
特に「文士のなんとか」とか「紳士のなんとか」みたいな特集記事が大好きで、思えば、あれが、カッコイイ大人に憧れる最初だったような気がします。
サライ・ショトルライブラリーの「紳士シリーズ」ももちろん大好きで、単行本が発売されるなり購入して夢中で読むほど、「紳士のなにやら」には陶酔していました。
なかでも特に読みこんでいたのは、第4弾の『紳士の粋』。
板坂元さんのペンにも勢いがあって、いくらページがあっての足りないのでは?と思えるくらいに充実した内容でした。
もちろん、板坂さんの私物コレクションにも憧れて、僕のアンティーク好きのきっかけにもなったと考えています。
本の壺
本書を読んで、僕の壺だと感じた部分を3か所だけご紹介します。
アメリカでアンティークを買ってくる
米国にいたのは十日足らずだったが、子供たちや孫たちに会えた楽しみもさることながら、いちばん印象的だったのは、アンティーク店に入ると、どの店でも老人夫婦に出会ったことだ。それも私のようにガツガツと買い漁るだけでなく、展示されている品物をゆっくりと見て楽しんでいる。そして、ほとんど買おうとしないで、安い品物の一つ一つに歴史を見て味わうようにして歩いているのだ。ゆっくり刻まれて行く時の流れの中で静かに物を楽しんでいる様子は羨ましい限りだった。(『米国の骨董屋で』より)
同じ頃、著者はボストンのショッピングセンターで、日本の若者たちが忙しそうにブランドショップで買い物をしている姿を見て「日本人て何と性急に生きているのだろうと感じ入った」と書いています。
自分もせっかちな性格なので、せめて骨董品くらいはゆっくりと眺めながら買い物したいと思うのですが、骨董市などに行くと気持ちが急いてしまって、ついつい急ぎ足になってしまいます。
紳士の粋には程遠い、、、
ティファニーの文房具を集めてみる
私は、ティファニーの文房具類を集めているが、たとえばレターオープナーの幾つかを並べてみると、これを使っていた人は、とんでもない富豪の令嬢だったのかもしれないと思うことがある。(略)それにしても、1837年にニューヨークのブロードウェーに文房具店として開業したティファニーは、いったいどれくらいの品々を発売したのだろう。ジャン・ローリングの『ティファニーの百五十年』には、数々のアクセサリーの文房具が紹介されているのだが、私の買い込んでいるものと同じものが一点も出ていない。(『潔癖感』より)
僕がティファニーに興味を持ったのは、実は、板坂さんのこのエッセイを読んだときが初めてのことでした。
それまでティファニーというのは、女性のためのアクセサリーショップだと思っていたのですが、実は、もともとは文房具の専門店で、ニューヨークの男性は、今もティファニーで文房具類を買っているんだとか。
そういう話を聞いて、自分もいつかティファニーで文房具を買うような紳士になろうと誓ったものですが、紳士の道は思っていた以上に遠くて果てしないようです。
ジェームズ・ボンドのライフスタイルを学ぶ
文学作品の一部をマニュアルのように学ぶのは、オーソドックスな道ではないだが、私は意外に作品から雑学的知識を取り入れることがある。その点、ジェームズ・ボンドも大いに勉強になった。(『007と’60年代の日本』)
板坂さんのエッセイは日本の純文学からアメリカの現代文学まで非常に守備範囲が広くて、映画を題材にした話題も少なくありません。
たとえば、ジェームズ・ボンドが食べるルームサービスの朝食は「かきまぜながら煮たタマゴや、ベーコン、ブラックコーヒー(大きなカップにはいった、ものすごく熱いやつ)、トースト、マーマレード」だったそうですが、この程度のベーシックなブレックファストであえ、1960年代の日本人にとっては、非常に近代的な食事に思えたそうです。
映画『007』シリーズでは、お酒のエピソードも豊富で、『カジノ・ロワイヤル』に登場するドライ・マーティニのレシピ「シェイク・ドント・ステア」は、特に有名な台詞となっています。
ダンディズムを学ぶのに、格好の教科書となってくれそうですね、ジェームズ・ボンド。
それにしても、板坂さんのこうした博識は見習いたいものです、ほんと。
読書感想こらむ
おしゃべりな男の浅識よりも寡黙な男の博識。
普段はあまりしゃべらないくせに、時々とんでもなく鋭い意見を言い放つ。
しかも、言葉の端々には深い知識の片鱗がチラついていたりすると、実力の違いをまざまざと見せつけられたような気がして悔しいが、力の差は如何ともしがたい。
実力は一夜にしてならず、日々の積み重ねが物を言う世界だからだ。
そのことに気が付いてからというもの、とにかく、たくさんの本を読んできた。
大切なことは、自分の仕事に関係する以外の分野の本を、どれだけ幅広く読んできたかということである。
しかも、その読書は、自分の知識の血となり肉となるものでなくては意味がない。
息抜きは引退してからでいい。
仕事以外の時間にどれだけ力を付けることができるか、男の勝負はそこにある。
まとめ
ダンディになりたい男のための紳士入門書。
紳士とは見た目ではなく中身のことだと思い知らされる。
教養を深めるという意味で、絶対に裏切らないエッセイ集だ。
著者紹介
板坂元(日本文学者)
1922年(大正11年)、中華民国・南京市生まれ。
昭和28年には宮内庁書陵部で、井原西鶴や松尾芭蕉の未知句を含む稀書『詞林金玉集』をで発見した。
『紳士の粋』出版時は76歳だった。