庄野潤三の世界

庄野潤三「明夫と良二」大人が読んで癒される、幸せの塊みたいな家族小説

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講談社
¥1,980
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「明夫と良二」は、昭和45年、「岩波少年少女の本シリーズ」から刊行された。

「岩波少年少女シリーズ」は、小学6年・中学以上の少年少女を対象としているが、著者(庄野潤三)は、あえて少年少女向けの物語を描くのではなく、「私は自分に出来る範囲で、これまでに書いて来たのとそんなに違わない書きかたで、ひょっとするとこんなものが好きだといって下さるかも知れない年少の読者の方たちに、是非ともお目にかけたい話を書いてみました」としている。

著者のあとがきの言葉を借りれば、「これは、どこの港からも船に乗らず、従って海のまっただ中で怖ろしいあらしに出会うこともなく、無人島に流されもしない、自分の家でふだんの通りに暮らしている五人の家族の物語」である。

読者層と同世代である「明夫」(予備校生)と「良二」(中学3年生)に焦点を当てているが、物語の視点は、父親である「井村」であり、その「細君」や長女「和子」(23歳)の言葉も加えられる。

庄野潤三『明夫と良二』(岩波少年少女の本)画は安西啓明だった庄野潤三『明夫と良二』(岩波少年少女の本)画は安西啓明だった

著者は文学的な表現や展開にこだわることなく、子どもたちが語る言葉をできるだけ忠実に再現しながら、全部で30篇の短い物語を「井村」に語らせていて、これは、庄野文学における家族小説のいつもの手法と何ら変わることがない。

タイミング的には、著者が書き続けてきた五人家族のうちの長女である「和子」が、結婚をして家を出ていく前後のエピソードが綴られており、今も名作として名高い「絵合せ」の続編として、違和感なく読むことが可能だ。

「夕べの雲」(昭和40年)から「鍛冶屋の馬」(昭和51年)まで続く家族シリーズの、まさしく油が乗った時期に書かれた作品であり、少年少女だけが読むのはもったいないと思わせてくれる。

むしろ、大人が読んで癒される、幸せの塊みたいな家族小説だ。

娘の幸せを願う父親の物語

瀬戸物屋が来る。こうしてあの小さな家へ、どんどん品物が運び込まれる。何だか『アリババと四十人の盗賊』に出て来る、あのかくれがの岩屋みたいではないか。金や銀や目もまばゆい細工物なんか無い代り、お玉杓子だってフライパンだってある。よく切れる包丁も米櫃もある(「荷物運び」)

物語の前半には、長女の「和子」が結婚して、家を出ていくまでの様子が、多く描かれている。

「黍坂」の真新しい新居に、少しずつ荷物が運び込まれていく過程は、新しい家庭が生まれつつある瞬間をドキュメンタリーで見ているかのようだ。

瀬戸物屋は約束の時間よりかなり遅れてくるが、「井村」は決して慌てたり、腹を立てたりしない。

「物事というのは、みんながみんな、予定通りに行くとは限らない。予定通り行かない方が普通なんだという考え方だってある」と、運命を寛大に受け止めてみせる姿勢は、「井村」一家が幸せに暮らすことができている、ひとつの大きな要因になっているだろう。

金物屋の主人がおっとりとしているという話になったときも、「井村の細君」は「いちいち神経をとがらせない。ああいう人だと、仕事を頼んでも気疲れしなくていい」なんて言ってみせる。

そして、約束の時間をとっくに過ぎて、瀬戸物屋がやってきたとき、「井村」は『アリババと四十人の盗賊』の物語のことを考えていた。

他愛ないエピソードが、この小説は、娘の幸せを願う父親の物語でもあるのだということを気付かせてくれる。

庄野潤三『明夫と良二』は講談社文芸文庫にも入っている庄野潤三『明夫と良二』は講談社文芸文庫にも入っている

日常の生活に注目して物語を綴る

だが、気をもんでいても仕方がない。結婚式の日にいい天気になって、ああ、よかったと思うか、土砂降りの雨にみんなが天を仰いで、何というひどいことになったのだろうと嘆くか、そればかりは人間の力ではどうにもならない。すべて神様に任せるよりほかない。(「結婚式の天気」)

「和子」の結婚式を翌日に控えて、「井村」と「細君」は天気の心配をしている。

「この分では、明日は危ないな」「雨になりそうですか」「どうも何だか、おかしくなってきたぞ」「やっぱり降りそうですか」「この空模様ではどうもよくないな」「明日までもたせるのは、無理ですか」「無理だな」

夫婦二人で散々心配をした後、最後に「そればかりは人間の力ではどうにもならない。すべて神様に任せるよりほかない」と運命を受け入れてみせる姿は、客観的には滑稽でありながら、人の営みの中に内包している楽しさや悲しさを感じさせる。

ところで、結婚式の前日に夫婦が天気の心配をして、「和子」が「てるてる坊主」を作る場面が描かれた後、次のエピソードは、既に結婚式から六日経った場面へと切り替わっていて、「長女の結婚式」という、五人家族の大きなセレモニーは登場しない。

読者は「式の日は朝から真夏のような強い日が照りつけ」たことを、「井村」の簡単な回想で知るだけだ。

特別のことを描くのではなく、日常の生活に注目して物語を綴る著者の姿勢は徹底していて、その代わり、結婚式の前後に起きた些細なエピソードが克明に、ただし簡素な言葉で記録されているところに、庄野文学の本質があるということだろう。

本書は、庄野文学の家族小説に登場する「五人家族」が「四人家族」になった瞬間の物語である。

家族は形を変えながら、やがて、物語の登場人物は少しずつ増えていくことになる。

書名:明夫と良二
著者:庄野潤三
発行:1972/4/7
出版社:岩波書店(少年少女シリーズ)

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。