庄野潤三の世界

庄野潤三「野鴨」亡くなった長兄に会って、何かひとこと、ふたこと話す夢を見た

庄野潤三さんの「野鴨」を読みました。

読み終えた後に、優しくて温かい充実感がやってきました。

書名:野鴨
著者:庄野潤三
発行:2011/3/10
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

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「野鴨」は、庄野潤三さんの長編小説です。

単行本あとがきによると、「『野鴨』は、昭和47年1月から10月まで、10回にわたって「群像」に掲載され」ました

単行本は、1973年(昭和48年)1月に講談社から刊行されています。

小池昌代さんの解説「光の眼差し」では「『野鴨』とは、渋くて地味な、いい題名だ。昭和47年、文芸誌「群像」に連載された。連載時、著者は51歳。横溢な成熟期を迎えていたといっていい。小田急線沿いにある生田という土地に身を定めて十年。家族と暮らす日常を、透明な眼差しで書き続けてきた作家は、46年の『絵合せ』、47年の『明夫と良二』に続き、48年に本書をまとめている」と紹介されています。

丘の上に住む作家一家。息子達は高校生大学生になり、嫁いだ娘も赤ん坊を背負ってしばしばやってくる。ある時から作家は机の前に視点を定め、外に向いては木、花、野鳥など身近な自然の日々の移ろいを、内では、家族に生起する悲喜交々の小事件を、揺るぎない観察眼と無限の愛情を以て、時の流れの中に描き留めた。名作『夕べの雲』『絵合せ』に続く充実期の作家が大いなる実験精神で取り組んだ長篇、初文庫化。(カバー文)

あらすじ

「野鴨」は、丘の上の家で暮らす5人家族の日常を綴った家族小説です。

「夕べの雲」「絵合せ」「明夫と良二」といった一連の家族小説の流れを汲むもので、3人の子どもたちの父親である「井村」の目線を通して、家族5人の何気ない日常風景が、まるでスケッチのように描かれています。

長編小説ですが、各章が独立しているので、連作短編集のように読むことができます。

単行本あとがきの中で、著者の庄野さんは、「ここに描かれているのは、離れて暮している身内、結婚式、クロッカスの花、雪解の賑かな雫、雉鳩、うぐいす、赤ん坊の歯、かまきりと「アマリリス」、パン屑、イギリスの児童劇映画、燃料屋の兄弟、粉になった銀杏の葉、兄の夢、たて笛、サッカーの脛当てとパンツのつくろい、蜥蜴、てっちりの思い出、皆既月食、法事、一個しかない洋菓子、学生服のカラー、四十雀、空の雨雲、鶏を追いかける犬、煙突掃除人の呼び声、机の下の湯たんぽ、茹で卵…などからなる世界である。はかなく、とりとめないが、もしもこのうちのひとつでも欠けたら、私はきっと味気なく思ったに違いない」と、この作品を振り返っています。

解説の小池さんは「この小説は、いい人やよくできた人、魅力的な人々を書いているわけではなくて、ある人をいい人だと信じたり、よくやったなと思ったりする。つまり、人間や世界を、そのように見、信じている人間というものが描かれているのではないだろうか」と指摘しています。

なれそめ

2020年から読み始めた庄野文学ですが、まだまだ未読の作品がたくさんあります。

改めて多作な作家だったんだあと感心しながら、次に挑戦したのが、講談社文芸文庫版の「野鴨」。

文庫版というのは、やはり読みやすいし、ここまで読んできて、庄野さんの作品は昭和40年代のものが、特におもしろいと感じています。

庄野さんの年齢でいうと、40代半ばから50代にかけて書かれた作品ということになりますが、「夕べの雲」(昭和39年連載)で咲いた家族小説という一輪の花が、すごい勢いで次々と花を咲かせ続けていきます。

まさに、作家として成熟期にあった時期の作品群ということなのかもしれませんね。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

ネス湖の怪物のことなら、この一家はみんな深い関心を持っている。

そういいながら、彼はネス湖にいる怪物を思い浮べた。ネス湖の怪物のことなら、この一家はみんな深い関心を持っている。ついでにいうと、怖いものみたさという気持はあるが、手荒な真似をして正体を突きとめようとするのには反対であった。(野鴨「七」)

テレビで観たイギリスの児童劇映画についての物語。

子どもとスコットランドについて話す中で、「井村」はネス湖にいると言われている怪物(ネッシー)のことを思い浮べます。

「ネス湖の怪物」についての説明が一切ないのは、説明する必要がないくらい、当時は日本中で知らない人がいないくらいに話題だったということなのでしょう。

「怖いものみたさという気持はあるが、手荒な真似をして正体を突きとめようとするのには反対であった」の一文に、いかにも庄野さんらしさが表れていると思いました。

船ってものは、進水した時から、沈みかかっていたと思っていいんだよ。

手を伸ばせば届くところに、本棚の隅の方に、一冊の名言集がある。英米編という中にいいのがいっぱい詰っている。航海士は、「船が沈みかかっています」という。よほど慌てていたのだろう。船長、大変ですといってから、そういうのだろうか。すると、船長は答える。「船ってものは、進水した時から、沈みかかっていたと思っていいんだよ」(野鴨「十」)

ここに登場する「一冊の名言集」は、福原麟太郎さんの「永遠に生きる言葉」(毎日ライブラリー)です。

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庄野さんは、この名言集が相当にお気に入りだったらしく、いろいろな作品の中に、この本が登場します。

僕は、庄野さんが紹介しているものを読んだ後で、「永遠に生きる言葉」を読みました。

世界各国の名言が、それぞれの専門家によって紹介されているのですが、福原さんが担当した「英米編」が最も良いと思います。

「英米編という中にいいのがいっぱい詰っている」という庄野さんの感想は、本当にそのとおりだと思いました。

乳売りの娘をうたった詩が引用されているが、それには、「夏にも雪のふる日にも」という言葉がある

十八世紀のころのロンドンでは、朝早く、まだ子供が目を覚まして起きて来ないうちに、しぼり立ての牛乳の入った桶を頭にかついだ娘さんが、通りを歩きながら、大きな声で呼んだらしい。これも耳学問で、英国の一人の画家について書かれた評伝の中に出て来る。「いい本だから読んでごらん」といって、教えてくれた友人がいなかったら、井村はそんな本が出ていることも知らずにいただろう。感謝しなくてはいけない。(野鴨「十二」)

「英国の一人の画家について書かれた評伝」とは、桜庭信之さんの「絵画と文学・ホガース論考」のこと。

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庄野さんは、この牛乳売りの娘が描かれている、ロンドンの朝の風景画(ホガース「怒れる音楽家」)がお気に入りだったようです。

いかにも庄野さんらしいのは、「「いい本だから読んでごらん」といって、教えてくれた友人がいなかったら、井村はそんな本が出ていることも知らずにいただろう。感謝しなくてはいけない」と、綴っている部分です。

本を紹介してくれた友人に感謝する、その姿勢が、庄野文学の根底を流れているものなのかもしれませんね。

読書感想こらむ

「ありふれた日常の事象から「詩」が汲み出されている」とは、解説の小池昌代さんの言葉ですが、庄野さんの文学は、まさに日常風景の中にこそあります。

ドラマチックなストーリー展開とは、全然別の次元のところで、庄野さんの文学は成立している。

庄野さんはイギリスの随筆家チャールズ・ラムを敬愛していたので、あるいは、ラムの書いたエッセイの手法を庄野さんなりに昇華したものが、庄野文学だったのかもしれません。

そういえば、庄野さんの作品は「小説とも随筆とも判然としにくい」という評をよく聞きますが、小説とも随筆とも判然としないスタイルの中に、庄野さんは自分の文学の活路を見出したのではないでしょうか。

チャールズ・ラムのエッセイが、あたかも一篇の小説のような物語性を備えていたのと同じように。

読書によって得られた知識を作品の中に反映していくのも、庄野さんの手法のひとつです。

本書でも、福原麟太郎さんや桜庭信之さんの著書から物語が紬ぎ出されていますが、「読書という体験」によって得られた感動が、新たな庄野文学を形成していく過程は、読んでいて非常に爽やかなものだと感じました。

読書によって培われた体験が、庄野文学に奥行きを与えていると言えるでしょう。

まとめ

「野鴨」は、庄野潤三さんによる長編家族小説。

はかなく、取りとめのない日常の中で息づく文学。

読み終えた後に、優しい充実感が訪れるだろう。

著者紹介

庄野潤三(小説家)

1921年(大正10年)、大阪府生まれ。

1955年(昭和30年)、「プールサイド小景」で芥川賞受賞。

「野鴨」連載時は51歳だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。