庄野潤三の世界

庄野潤三「絵合せ」やがて僕たちは離れ離れになる~一家五人の物語

庄野潤三「絵合せ」あらすじと感想と考察

庄野潤三さんの「絵合せ」を読みました。

やがて離れ離れになっていく五人家族の”今”が描かれています。

書名:絵合せ
著者:庄野潤三
発行:1989/6/10
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

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「絵合せ」は、庄野潤三さんの短篇小説集です。

もともと「絵合せ」は、1971年(昭和46年)に刊行された単行本で、当時のあとがきには「昨年、「群像」に発表した「絵合せ」を中心にして、その後の三つの短編と、これまで単行本に入っていなかった作品から、いくらかつながりのありそうな四篇を選んで、一冊にまとめてみた」とあります。

ところが、1977年(昭和52年)に講談社文庫として刊行される際、収録作品が改められました。

これも当時のあとがきによると「『絵合せ』を題名として編まれたこの中短編集は、『丘の明り』(昭和42年・筑摩書房)から二篇、『小えびの群れ』(45年・新潮社)から六篇、『絵合せ』(46年・講談社)から二篇を採ったもの」「姉がひとり、弟が二人、その両親を含めていくらか変ったところがないわけではない一家の、ある時期の「家族日誌」といえばいいだろうか」と綴られています。

今回読んだのは、1977年(昭和52年)に講談社文庫から刊行された『絵合せ』の、講談社文芸文庫版ということになります。

単行本の『絵合せ』は、1971年(昭和46年)に第24回野間文芸賞を受賞しています。

グリム童話が不思議に交叉する丘の上の家。“姉がひとり、弟が二人とその両親” ―嫁ぐ日間近な長女を囲み、毎夜、絵合せに興じる5人― 日常の一齣一齣を、限りなく深い愛しみの心でつづる、野間文芸賞受賞の名作「絵合せ」。「丘の明り」「尺取虫」「小えびの群れ」など全10篇収録。(カバー文)

あらすじ

単行本「絵合せ」のあとがきには、「「絵合せ」は、もうすぐ結婚する女の子のいる家族が、毎日をどんなふうにして送ってゆくかを書きとめた小説で、いわば「家族日誌」(そういう題名のイタリア映画をみたことがある)のひとこまである」とあります。

講談社文芸文庫版あとがき「著者から読者へ 『絵合せ』の素材」にも、「この「絵合せ」という小説は、長女の結婚する日が近づくにつれて一家五人が絵合せの遊びに熱中する有様を描いたものであった」とあります。

もっとも、この家族五人を主人公にした小説は、長女の結婚以外にも、様々な暮らしの断片をとらえています。

そういう意味で、「著者から読者へ 『絵合せ』の素材」に綴られている「確かに結婚というのは、人生の中で大きな出来事に違いないが、ここに描かれている、それひとつでは名づけようのない、雑多で取りとめのない事柄は、或は結婚よりももっと大切であるかもしれない」「それは、いま、あったかと思うと、もう見えなくなるものであり、いくらでも取りかえがきくようで、決して取りかえはきかないのだから」という記述は、つまりは、この小説のテーマを見事に一言で言い表しています。

そして、「何年ぶりかで「絵合せ」を読み返して、「それひとつでは名づけようのない、雑多で取りとめのない事柄」が丹念によく書きとめてあるのに私は気が附いた」「結婚と何のつながりも無い話がいっぱい出て来る」「取りとめのない、のんびりした話が次から次へと出て来るのも、登場人物の一家五人ならびに作者の、「別れを惜しむ」気持の流露したものと受け取って頂ければ有難い」という部分は、まさしくこの小説のあらすじと言うことができそうです。

なお、講談社文庫版あとがきにも「姉がひとり、弟が二人、その両親を含めていくらか変ったところがないわけではない一家の、ある時期の「家族日誌」といえばいいだろうか」「やがて女の子は結婚して、人数が五人から四人になる。ひとり減っても生活はそのまま続いて行き、また年月はたつ」「ささやかな日常に詩的空間のふくらみを与えようとしたこれらの小説が、新たな一冊となるのは嬉しい」とあります。

(目次)///星空と三人の兄弟/卵/丘の明り/尺取虫/戸外の祈り/野菜の包み/さまよい歩く二人/小えびの群れ/カーソルと獅子座の流星群/絵合せ///著者から読者へ(庄野潤三)/解説(饗庭孝男)/作家案内(鷺只雄)/著書目録

なれそめ

今年に入って、集中的に庄野潤三さんの作品を読んでいます。

版が新しいものが多いということもあって、講談社文芸文庫のリストの中から選ぶことが多いのですが、作品の発表順とは関係なく、年代入り乱れて読み進めているということでもあります。

この「絵合せ」の単行本が刊行されたのは1971年(昭和46年)と、実はかなり古い小説で、約半世紀前に書かれた家族小説ということになります。

古い小説を読むのは、僕の趣味でもありますが、果たして50年前に書かれた物語が、現代に通用するものか否か。

そんな期待と不安をもって読み始めたところです。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

良二が雑誌の附録の組立てセットで遊んでいたのは、土曜日の晩であった

月々、貰っているお小遣いの中から、科学の雑誌を取っている。この雑誌は、まとまった数でないと本屋が扱ってくれないので、同じ組にいる佐藤君というのが本屋に頼んでおいて、出た時に持って来てくれる。(「小えびの群れ」)

タイトルの「小えびの群れ」というのは、科学雑誌(推測すると、学習研究社の「科学」)の附録についていた「ブラインシュリンプ」のことで、「こまかな、黒っぽい粉」みたいな卵を塩水につけると、一日か二日でふ化するという科学教材でした。

「小えびの群れ」には、一家五人が、子ども雑誌の付録である「ブラインシュリンプ」に興味を惹かれる場面を中心として、取りとめのない日常の一コマが断片的に描かれています。

「まとまった数でないと本屋が扱ってくれない」のは、学研の科学が一般市販の書籍ではなかったためと思われますが、実に昭和的な趣のあるエピソードですね。

「雨でうすくけむった丘が、きれいだったな」あれから三年たった。

「雨でうすくけむった丘が、きれいだったな」あれから三年たった。ずいぶんあの時は、和子は喜んでいた。拝殿の前で長いこと、念入りに拝んでいた。だが、その会社勤めも、もう終りになった。(「絵合せ」)

表題作の「絵合せ」は収録作の中でも、最も読み応えのある作品です。

結婚を控えた長女と、その家族の暮らしを描いた物語ですが、特別なドラマが起きるわけでもなく、難しい問題が提起されるわけでもありません。

ただ、当たり前の、普通の家族の暮らしが、そこにはあります。

しかし、その当たり前の暮らしは、やがて「当たり前ではなくなってしまうもの」だということを、家族はみんな知っていました。

いつかは消えてしまう「当たり前の暮らし」だからこそ尊いということを、この小説は語りかけているかのように思われます。

それにしても「結婚イコール退職」という構造が、女性にとっては当たり前の時代だったんですね(すっごい違和感)。

次に低い声で、「可哀そうに」といったのは、細君の声であった。

彼が目をさました時、家の中は静かであった。台所で鼻をすする音がした。それが誰か、分からない。細君か和子か、どちらか分からない。次に低い声で、「可哀そうに」といったのは、細君の声であった。(「絵合せ」)

「絵合せ」は随筆とも日記とも判然としない小説ですが、この場面だけは妙に小説めいていて、最後まで印象に残るシーンでした。

結局、誰が泣いていたのか、妻はなぜ「可哀そうに」と言ったのか、その理由は明確には描かれていません。

ただ、夫である”彼”の推測が綴られているだけであり、読者に対する謎かけのようにも思われます。

まるで夏目漱石の小説の一節を読んでいるような気持ちになったことを記しておきたいと思います。

読書感想こらむ

「本の壺」を書きながら感じたことは、この小説は抜きどころが難しいということ。

全体を読み終えて、確かに素晴らしい余韻と満足感があったはずなのに、どの場面が良かったかと訊かれると、なんだか答えに窮してしまう。

つまり、装飾が素晴らしいのではなくて、物語の底を流れている文脈が優れているということが、この小説の醍醐味なのかもしれませんね。

派手さはなくて地味なんだけれど、何だか味のある感じ。

プロ野球選手でいうと、元阪神タイガースの鳥谷敬選手みたいな(笑)

そして、一見普遍的に見える家族の暮らしが、実は刹那的なものであるという事実。

あまりに当たり前すぎて見過ごしている家族の暮らしをスケッチ風にのんびりと描きながら、庄野さんの作品は「人生の真実を鋭く焙りだしている」のではないでしょうか。

50年前の作品ですが、この先50年後にまで伝えていきたい。

そんな名作です。

まとめ

庄野潤三さんの「絵合せ」は、普通の家族の、普通の暮らしを描いた家族小説です。

もうすぐ結婚して家を離れる長女と、その家族。

当たり前の暮らしが、やがて、当たり前ではなくなってしまうからこそ、今を大切にしたい。

著者紹介

庄野潤三(小説家)

1921年(大正10年)、大阪生まれ。

教員や会社員を経て小説家に転身。

単行本「絵合せ」刊行時は50歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。