庄野潤三の世界

庄野潤三「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」チャールズ・ラムの旅

庄野潤三さんの「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」を読みました

内容ぎっしり、読み応えたっぷり!

名:陽気なクラウン・オフィス・ロウ
著者:庄野潤三
発行:2011/12/9
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

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「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」は、庄野潤三さんのイギリス旅行記です。

正確に言うと、イギリスの名随筆家として知られるチャールズ・ラムの暮らした街・ロンドンを訪れた際の訪問記で、さらに正確に言うと、ロンドンの街を歩きながら、チャールズ・ラムや、チャールズ・ラムの研究者として知られる福原麟太朗さんらの著作を紹介する、チャールズ・ラムの案内として綴られています。

庄野さんがロンドンに滞在したのは、1980年(昭和55年)5月13日から22日までの10日間のことで、この10日間の日記をベースに、チャールズ・ラムを巡る様々な登場人物の話題が本書を埋め尽くしています。

あとがきで、庄野さんは「ラム姉弟の生活を偲ぶ「ロンドン日記」が今まで『エリア随筆』に馴染の無かった読者へのささやかな橋渡しの役を果たしてくれるようにと願っている」と書いています。

英国の名文家として知られ、今もなお読み継がれているチャールズ・ラム(1775~1834)をこよなく愛した著者がロンドンを中心にラムゆかりの地を訪れた旅行記。時代を超えた瞑想がラムへの深い想いを伝え、英国の食文化や店内の鮮やかな描写、華やかなる舞台、夫人とのなにげない散歩が我々を旅へと誘ってくれる。豊かな時間の流れは滞在記を香り高い「紀行文学」へ。(カバー紹介文)

あらすじ

講談社文芸文庫の帯に「こよなく愛したチャールズ・ラムを巡る英国への旅。香り高き紀行文学、初の文庫化」と書かれているとおり、本書のベースは、チャールズ・ラムの暮らした街・ロンドンを訪れた際の紀行文です。

加えて、ロンドンを訪問しながら、チャールズ・ラムの『エリア随筆』や、チャールズ・ラムの研究者として名高い福原麟太郎さんの『チャールズ・ラム伝』などを随所に引用して、チャールズ・ラムに対する深い愛情を存分に綴っています。

印象としては、ロンドン紀行が3割、チャールズ・ラムに関する解説が7割(その多くが書籍からの引用)という感じで、とにかくチャールズ・ラムを中心とするイギリス文学者の話題と、福原麟太郎への表敬文で埋め尽くされています。

ロンドンで庄野さんの案内役を務めた井内雄四郎さんは、本書の解説で「作者のロンドン滞在中のくわしい緻密な日記(それを可能にしたのは、夫人の毎日の天候や食事、買物、時間などについての綿密なノートの存在であったことはいうまでもない)を中核にして、ラムの『エリア随筆』からの多くの美しい引用、ラム自身の言葉、彼をめぐるS・T・コールリッジをはじめとする幾多の著名な親しい友人たちへの手紙、庄野さんと親交の深い英文学者福原麟太郎氏、氏と現代イギリスの詩人エドマンド・ブランデンとのつながりや思い出…などが、作中の至る処でいつの間にやらすうっと挿入され、全体としてそれらが渾然と見事に溶けあい、織りなされて、さながらチャールズ・ラムを主題とする典雅で、薫り高い極上のタペストリーを生み出している」と表現しています。

英国文学の好きな方には、絶対にたまらない1冊だと思いますよ。

なれそめ

庄野さんの作品に出会ってからというもの、僕の読書の世界は非常に大きく広がりました。

その象徴たるものが、英国随筆文学の最高峰とも言えるチャールズ・ラムの『エリア随筆』でしょう。

庄野さんの『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』のベースになっているのは、言うまでもなく、このチャールズ・ラムの『エリア随筆』です。

だから、僕はラムの『エリア随筆』を読んだ後で、この『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』を読みました。

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ラムの『エリア随筆』の舞台となったロンドン紀行を、ラム愛好家の庄野さんが、どのように描いているのか。

庄野さんの描くチャールズ・ラム紀行は、僕の想像をはるかに超えるほど、スケールの大きな作品でした。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

陽気なクラウン・オフィス・ロォ(私の生れた場所である)

チャールズ・ラムは昔、ここにありし弁護士事務室にて生る。一七七五年二月十日」と刻まれた石の文字板があるのを見た時は嬉しかった。あとは字体が変って、”Cheerful Crown Office Row(my kindly engendure…)(略)”とある。(庄野潤三「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」)

本書のタイトル『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』は、チャールズ・ラムの『エリア随筆』の「法学院の老判士」から引用された言葉です。

そこは「陽気なクラウン・オフィス・ロォ(私の生まれた場所である)は堂々たる流れに対し…(略)」とあるとおり、チャールズ・ラムの生まれた場所でした。

1775年、チャールズ・ラムはロンドンのテムプルにあった、この「クラウン・オフィス・ロウ」(法学者サミュエル・ソールトの住居)で生まれたのです。

ラムの生誕地に「ラム生誕の碑」が設置されていることを発見して、庄野さんはよほど嬉しかったようです(「ラムを記念するものがどこかに残されているとは思っていなかった」という庄野さんの言葉からも、その時の驚きぶりが伝わってきます)。

丸顔で栗色の髪をした女の子が「わたしは日本語を習いたいです」と言った

ザ・カーヴェリーを出て、静かで洒落た雰囲気のマスク・バアへ入る。カウンターの中にいた白いブラウスに黒のスカートの、金髪の女の子が註文を聞きに来る。ローエンブラウを飲む。妻はオレンジ・ジュース。一ポンド五十ペンス渡すと釣りを持って来る。もう一人の丸顔で栗色の髪をした子が途中で来て、「わたしは日本語を習いたいです」とたどたどしく、また恥しそうにいったから驚いた。(庄野潤三「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」)

本書はロンドン滞在記ではありますが、基本的にチャールズ・ラムを巡る文学紀行という性格からか、地元の人たちとの交流については、ほとんど触れられていません。

わずかに、毎日食事を取るバーやレストランで働く女の子たちとのやり取りが綴られているくらいで、むしろ、この女の子たちは、ほぼ毎日の日記の中で登場します。

ロンドンの街についてのスナップ的な文章さえわずかなもので、ほとんど旅行記(紀行)とは言えないくらいに、チャールズ・ラムについての文学的な解説で、多くのページが占められています。

広くもない部屋だが、外から帰って来るとわが宿という気持になる。

古い鍵を鍵穴に差し込み、体当たりするようにして押すとゆっくり開くドア。窓の厚地の赤井カーテン(内側はレース)。赤い、まるで毛布のようなベッドの覆い。小さな棚の薬缶と紅茶、コーヒー、砂糖、ミルクと紅茶茶碗。広くもない部屋だが、外から帰って来るとわが宿という気持になる。(庄野潤三「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」)

ロンドンでの10日間を、庄野さんは「ストランド・パレス・ホテル」を拠点として過ごします。

帰国が近付いて来るにつれて「ストランド・パレス・ホテル」に対する愛着は増していき、まるでチャールズ・ラムのエッセイのような文章で、この「わが宿」に対する愛情の気持ちを表現しているところが庄野さんらしいと思いました。

イギリス文学の解説と解説の間にある、ふとしたスケッチ的なエッセイを読むと、本当に楽しい気持ちになります。

本来的な意味での「紀行」として、庄野さんのロンドン滞在記を読んでみたかったです。

読書感想こらむ

これは紀行ではない。

チャールズ・ラムの解説書である。

最初に本書を読み終えたときの、率直な感想がこれです。

実際、旅に関する記述よりも、チャールズ・ラムの引用や解説がほとんどで、引用と解説の隙間に旅行記が挟まっているような構成に、最初のうちは頭が付いて行くのが大変でした。

けれども、頭が慣れてくると(つまり、全体の構成を理解すると)、そのわずかな旅行スケッチが実に瑞々しくて、いかにも文学の旅をしているという気持ちになってくるから不思議です。

なにより、チャールズ・ラムに関する解説書としては、ほぼ完璧なものではないでしょうか。

ラムの暮らした街を歩きながら、ラムの書いた「エリア随筆」を思い出し、ラムの家族や友人たちを思い出し、ラムの良き理解者であった福原麟太郎さんを思い出す。

膨大な引用と解説は、オリジナルを読んでいるのと同じくらいに厚みがあり、チャールズ・ラムを知らない人が読んでも、まるでチャールズ・ラムを読んだことがあるような気持ちにさせてくれます。

まさしく、これは「文学紀行」ですね。

イギリス文学にどっぷりと浸かりたい方には、絶対にお勧めだと思います。

まとめ

「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」は、庄野潤三さんによるチャールズ・ラム紀行です。

チャールズ・ラムに関する書籍の引用も多く、現代と18世紀のロンドンを行ったり来たり。

イギリス文学愛好家には必携。

著者紹介

庄野潤三(小説家)

1921年(大正10年)、大阪生まれ。

高校教員や会社員を経て小説家に転身、芥川賞はじめ、新潮社文学賞、読売文学賞、野間文芸賞など、数々の受賞歴を持つ。

ロンドン旅行時は59才だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。