庄野潤三の世界

庄野潤三「少年たち」中村白葉訳のチェーホフ著作集を読んだ夏の記憶

庄野潤三「少年たち」中村白葉訳のチェーホフ著作集を読んだ夏の記憶

庄野潤三「少年たち」読了。

本作「少年たち」は、長篇随筆「エイヴォン記」の連載第六回目の作品であり、「群像」1989年(昭和64年)1月号に発表された。

単行本では『エイヴォン記』(1989、講談社)に収録されている。

現在は、小学館 P+D BOOKS から刊行されているものを入手することが可能。

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清水さんは目をまるくして、「いえ、ウインナー・チャーム」といった。

本作「少年たち」は、「清水さんが花を届けてくれた」という一文から始まっている。

それから「朝、畑へ行った帰りに持って来てくれた」という文章に続いている。

この後、庄野さんが書き続けていく「夫婦の晩年シリーズ」の基本的なスタイルと同じである。

妻はこれまで清水さんから薔薇を頂く度に、ひとつひとつ名前を教わることにしていた。それでオレンジ色のウインナー・チャームは、清水さんの口からじかに名前を聞いて覚えた。ウイスキーというのもオレンジ色で、或るとき、妻が間違って、ウイスキーですかといったら、清水さんは目をまるくして、「いえ、ウインナー・チャーム」といった。そんなことがある。(庄野潤三「少年たち」)

「清水さんは目をまるくして」というあたりが庄野さんらしくていい。

毎回挿み込まれているフーちゃんの話にも、夫婦の晩年シリーズの趣きがある。

秋のお彼岸の中日に妻がおはぎをこしらえて、長男と次男のところへ届けに行ったこととか、ミサヲちゃんと、フーちゃんをおぶった次男がお彼岸のお参りに来てくれたこととか、その後、何度も読むことになるエピソードが登場している。

十月に入ってから一週間ほどすると、亡くなった父の命日が来る。妻が、父の好物であった田舎風のまぜずしを作り、午後、長男の嫁のあつ子ちゃんがミサヲちゃんと一緒におすしを貰いに来ることになっていた。午後の散歩から帰ると、二人がピアノの前でお参りをしてくれて、これからメロンと紅茶でお茶にするところであった。(庄野潤三「少年たち」)

父の命日にまぜずしを作るのは、庄野家で長く続く慣習だった。

戦争が終った翌々年の夏、私は『チェーホフ著作集』の六冊を机の上に積み上げて

さて、肝心の文学案内は、チェーホフの「少年たち」という短篇である。

庄野さんは、この作品を中村白葉訳・三学書房の『アントン・パーヴロヴィッチ・チェーホフ著作集』で読んだ。

中村白葉のチェーホフ著作集は、庄野さんにとって重要な意味を持っている。

半端の『チェーホフ著作集』ではあったが、これを古本屋で買って、抱えて帰ったときは嬉しかった。大きな判型の、手に持つと、しなやかな、撓むような感触を受ける本であった。

戦争が終った翌々年の夏、私は『チェーホフ著作集』の六冊を机の上に積み上げて、ひと夏をチェーホフを読んで過そうと決心したことを思い出す。戯曲の勉強のために「桜の園」「三人姉妹」を念入りに読み直すことと、短篇小説を出来るだけ沢山読むというのが、私の立てた二つの目標であった。

(庄野潤三「少年たち」)

昭和22年、庄野さんはまだ高校教師で、野球部監督として甲子園の「春の選抜」大会にも出場している。

前年に結婚した夫人との間に、長女・夏子が生まれるのは、「チェーホフ読書日記」を綴って過ごした夏休みが終わった直後の10月だった。

いずれ職業作家として生きていくことになる庄野さんにとって、この時の『チェーホフ著作集』はどれほどの影響を与えたことだろうか。

おそらく、庄野さんは特別の思いを持ちながら、この「少年たち」を書いたに違いない。

これまでの『エイヴォン記』の連載とは、ちょっと異なる、そんな印象を与えてくれる作品だと思う。

書名:エイヴォン記
著者:庄野潤三
発行:2020/2/18
出版社:小学館 P+D BOOKS

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。