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板坂元「紳士の小道具」大人の男性はビジュアルと教養の両面で成長したい

板坂元「紳士の小道具」大人の男性はビジュアルと教養の両面で成長したい
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板坂元「紳士の小道具」読了。

「本には使う本と読む本がある」と書いたのは、写真家の芳賀日出男である(奥野信太郎『玩具の記憶』序文「ソフト・ウェアーの先哲」より)。

いわゆる研究所や指南書は「学ぶために読む本」であって、どれだけ読んでも読書をしたということにはならない。

そもそも読んでいて読書の醍醐味に乏しいというのが正直なところだろう。

本書「紳士の小道具」も、最初はそういうハウツー本の類だとばかり思っていたが、実際に読んでみると、きちんとしたエッセイだったので驚いている。

本書は、小学館「サライ」に連載された「紳士の流儀」というコーナーを書籍化したもので、連載タイトルからも分かるとおり、大人の男性が身に付けるべき物事について書かれたものだ。

特に本書では「紳士の小道具」として、大人の男性にとって必要な「小道具」が紹介されている。

ここでいう「小道具」とは、基本的にはファッション・アイテムのことで、簡単に言ってしまえば、本書はファッション・アイテムを紹介する本ということになる。

目次には「背広」「ブレザー」「ワイシャツ」「ネクタイ」「靴」「時計」「鞄」「ハンカチ」など、ビジネスマンにとって必須の小道具(アイテム)が並んでいて、「セーター」「チノクロス・パンツ」「Tシャツ」など、オフ向きのアイテムもある。

本書では、こうしたファッション・アイテムについて、著者(板坂さん)愛用の私物をベースに、その歴史や正しい活用法などを紹介するといった内容になっている。

例えば「鞄」というテーマでは、ブルックス・ブラザーズのドクターバッグや、グッチのアタッシュケース、コーチのブリーフケースが登場していて、「男のお洒落にはブリーフケースやアタッシュケースは不可欠な小道具だ」「アメリカだと、普通の従業員と管理職・専門職の違いを示すものは鞄だ」「アメリカでは、下級職員や労働者がブリーフケースを持ち歩かないのは、格とか分際とかを心得ていると言ってよい」などと、ビジネスマンの鞄についての哲学が示されている。

そして、「私も、グッチのブラウンのアタッシュケースを持っているが、新品を持ち歩くチャンスがないので、家の中で少し日に焼けたり古びが出るのを待っている。そうしないと、今のままでは、背広や靴がアタッシュケースに負けてしまうからだ」「本を持ち歩くときのためには、米国製のコーチのブリーフケースを持っている。洒落っ気は全くないけれども、よく見ると上質の革が使ってあって、睨みを利かせる重厚さを持っている」などと、板坂さん流のコメントが付されている。

特徴的なのは冒頭部分で、大佛次郎の『帰郷』の一場面から鞄の話が始まって、最後も『帰郷』に戻って、このエッセイが締めくくられているところ。

つまり、文学的な構成をきちんと踏まえたエッセイとなっていることで、ただファッション・アイテムを紹介するだけのハウツー本ではないということが分かる。

夏目漱石『三四郎』に登場する白いハンカチ

「ハンカチ」のテーマでは、夏目漱石『三四郎』が引用されている。

女は紙包を懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンカチを持っていた。鼻の所へ宛てて、三四郎を見ている。ハンカチを嗅ぐ様子である。やがて、その手を不意に延ばした。ハンカチが三四郎の顔の前へ来た。鋭い香がぷんとする。

「ヘリオトロープ」と女が静かに云った。三四郎は思わず顔を後へ引いた。ヘリオトロープの壜。四丁目の夕暮。迷羊(ストレイシープ)。迷羊(ストレイシープ)。空には高い日が明かに懸る。

板坂さんは「『三四郎』を初めて読んだ中学生の頃、胸にじーんと共感するものがあった」「ハンカチーフというと、たいていの人が徳富蘆花の『不如帰』と、芥川龍之介の『手巾』の中のエピソードを引く。が、私は、『三四郎』のほろ甘い別れの場面を思い出してしまう。明治の青春を感傷的だが美しく描いているからだ」と、ハンカチを通して『三四郎』に対する自身の思いを吐露しているが、本書を根底的に支えているものは、随所に散りばめられている、こうした文学的な教養だろう。

書名を「紳士の小道具」としながら、板坂さんが説いているのは、大人の男性には、ビジュアル(外見)以上に教養(中身)が必要だということだ。

教養のない者が高級ブランドのアイテムを持ち歩くことの愚かさが、板坂さんのエッセイには通底して描かれている。

教養とアイテムとのバランスを取りながら成長していくことが、大人の男性には求められているということなのだろう。

本書は、ビジュアルと教養の両面で、大人の男性を成長させてくれる読み物として、実にお勧めである。

書名:紳士の小道具
著者:板坂元
発行:1993/12/20
出版社:小学館「ショトルライブラリー」

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。