庄野潤三の世界

庄野潤三「シェリー酒と楓の葉」小さな村に温かい交友があった!アメリカ留学回想記

庄野潤三「シェリー酒と楓の葉」あらすじと感想と考察
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庄野潤三「シェリー酒と楓の葉」読了。

本書は、1977年(昭和52年)1月から1978年(昭和53年)7月の間に、「文学界」で10回に渡って掲載された長編小説である。

単行本は、1978年(昭和53年)11月に刊行された。

あとがきには「初めて北米大陸の冬を迎えようとしていた当時を振り返りながら、昔のノートを辿ってみたものである」と記されている。

庄野さんが、アメリカ・オハイオ州のガンビア村にあるケニオン大学へ留学したのは、1957年(昭和32年)の秋のことだった。

翌年の夏まで、ほぼ一年間に渡って、千壽子夫人とともにガンビア村での生活を体験した庄野さんは、帰国後の1959年(昭和34年)、書き下ろしの長編小説『ガンビア滞在記』を発表している。

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今回の『シェリー酒と楓の葉』は、『ガンビア滞在記』以来ほぼ20年ぶりに刊行された、アメリカ留学時代の長編小説ということになる。

『ガンビア滞在記』が、アメリカ留学一年間の体験をまとめたものであるのに対して、『シェリー酒と楓の葉』では、ガンビア村に到着してから、翌年の新年を迎える瞬間までの出来事が、あたかも詳細な日記を辿るかのような形で綴られている。

これは、晩年の庄野さんが「夫婦の晩年シリーズ」と呼ばれる一連の作品の中で、日常生活を等身大に描き続けたことと非常によく似ているものだ。

時代や暮らしている街はまるで違うのに、庄野さんが描く物語の中に登場する光景は、いつだって「庄野ワールド」である。

アメリカ留学時代の回想と言っても、そこに描かれているのは、小さな大学村で暮らす人々との楽しい交友であって、アメリカを描くよりも、庄野さんは、地域社会を描くことに焦点を当てている。

大きな社会的な出来事ではなく、日常生活の些細な出来事をひとつひとつ書き留めて、小さなエピソードの積み重ねでガンビア村での暮らしを描こうとする手法は、まさしく庄野文学の大きな特徴のひとつと言っていい。

庄野文学の特徴と言えば、細かいエピソードがたくさん含まれている割には、大切なことをすべて書き切ってしまわないということも、庄野文学の特徴のようである。

言いたいことをすべて文章に書いてしまうのではなく、少し足りないくらいの書き方をしておくことで余韻を感じさせる。

庄野文学の魅力は、まさしく、この余韻にあるような気がする。

近所で暮らす親友ミノーの妻(ジューン)が故郷へ帰っていて、つかのま、ミノーは一人暮らしをしている。

ところが、二人で外出から戻ってくると、ミノーの家の居間に明かりが点いていた。

ミノーは「ジューンが帰っている」といった。もうイリノイの家にとっくに着いている頃だろう。生れて初めての大旅行をしたシリーンも、元気なディンショウも、久しぶりに父親と義母に会うジューンも、いまは眠りに入っているだろう。だが、ミノーがそういった瞬間、本当に家の中に人がいるような気がしたのは、どうしてだろう。私たちは、「おやすみなさい」といって別れた。(「窓の燈」)

些細に思えるようなことでも、記憶に残る一瞬がある。

庄野さんは、そんな瞬間を書き留めることに力を尽くした作家だった。

時代や国を超えて描かれる地域社会との温かい交友

一年間のアメリカ留学を回想した物語という点において、『シェリー酒と楓の葉』は『ガンビア滞在記』とは同じカテゴリーに属する作品だが、基本的なコンセプトにおいて両者はまったく違った作品となっている。

留学直後に発表された『ガンビア滞在記』は、アメリカの小さな大学村を日本へ紹介するためのガイドブック的な視点が強く、ガンビアでの暮らしを総体としてまとめた作品であると言える。

一方で『シェリー酒と楓の葉』は、ガンビア村での日常生活に焦点を当てて綴られているから、余計な解説はほとんどない。

ガンビア村で暮らしていることが、まるで当たり前のような形で物語は進行していくから、それが1950年代のアメリカの片田舎を舞台にしているといったことさえ、ほとんど感じさせない。

つまり、庄野さんは、ガンビア村での生活を普遍化して描くことに成功しているわけであり、これは「夫婦の晩年シリーズ」にも共通して言えることかもしれない。

もうひとつ、『ガンビア滞在記』は非常によくまとまった端整な作品であるが、『シェリー酒と楓の葉』は、まとまりよりも文学的な面白さを強く意識して書かれた作品である。

作家としてのキャリアが全然違うのだから当たり前かもしれないが、読者が余韻を感じるように巧みに描かれた『シェリー酒と楓の葉』は、晩年の庄野文学へ繋がる作品として、もっと読まれるべきではないだろうか。

『シェリー酒と楓の葉』は留学した年の年末までで物語は終わっているが、その翌年の話は、後年『懐しきオハイオ』として発表された。

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『ガンビア滞在記』『シェリー酒と楓の葉』『懐しきオハイオ』が、庄野さんのガンビア三部作となるわけだが、基本的には、作品の発表順に通して読んだ方が、内容に対する理解は深まる。

『ガンビア滞在記』で基礎的な知識を得た上で『シェリー酒と楓の葉』『懐しきオハイオ』と続けて読んだ方が、絶対に楽しいし、おもしろいだろう。

ちなみに、庄野さんには『ガンビアの春』という長編小説もあるが、これは、後年ケニオン大学に招かれてガンビア村を再訪したときの物語なので、若き日に留学したガンビア回想シリーズとは番外編として整理しておきたい。

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さらに付け加えると、ガンビア留学のエピソードは、多くの短篇小説としても発表されているので、併せて読むことで、アメリカ時代の庄野さんについての理解が一層進むものと思われる。

書名:シェリー酒と楓の葉
著者:庄野潤三
発行:1978/11/15
出版社:文藝春秋

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。