庄野潤三の世界

庄野潤三「静物」家族とは何か?

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庄野潤三「静物」読了。

本作「静物」は、「群像」昭和35年6月号に発表された中篇小説である。

作品集としては『静物』(1960、講談社)に収録された他、『プールサイド小景・静物』(新潮文庫)や『愛撫・静物 庄野潤三初期作品集』(講談社文芸文庫)がある。

父親と姉兄弟で構成される五人家族を登場人物として、計18章の断片的なエピソードを組み合わせた構成となっている。

「静物」は、初期庄野文学の代表作として知られているが、五人家族をモチーフとした一連の作品の中では、非常に難解な作品である。

庄野さん自身、この作品を完成させるまでに大変な心労を重ねたことが伝えられているが、いわゆる「文学作品」を残そうとする意図が強すぎるような気がする。

一見脈絡のないエピソードを組み合わせる複雑な構成は、非常に計算高く、そこに作家の工夫が感じられるが、その組み合わせに込められた作者の意図を読み取るために神経が集中して、肝心の作品そのものを楽しむことができない。

楽しむ文学作品ではなく、考える文学作品という印象。

このエピソードは、何のために挿入されているのか。

なぜ、次にこのエピソードが登場するのか。

この一文はどのような意味を持っているのか。

このエピソードによって、作者は何を伝えようとしているのか。

読者はまるで作家と格闘しながら、この小説を読み進めなければならない。

文学が高尚なものだとしたら、難解な作品ほど優れた作品ということになるのかもしれないが、中期以降の庄野文学に慣れた頭で読んでいくと、なかなか疲弊してしまうというのが、正直なところ。

あの時は偶然に絵本が役に立ったと、父親は考える。あんまり悔しい場面を見ないでやり過すことが出来るように。いまブラウスを縫っている女の子が自分の家庭で起った出来事を知らずに済んだのは、その時まだ幼かったからだ。彼女は眠り続ける母を見ても、その意味が分らなかった。誰かの見えない手がそっと彼女の眼に蓋をしてくれたのだ。(庄野潤三「静物」)

ひとつひとつの文章は平易だが、至るところに作者の工夫が凝らされている。

「静物」は、読者に解釈を求める小説であり、だからこそ、多くの批評家が、この小説の解釈に取り組んできたのだろう。

この小説は、あまり深く考えず、流れに身を委ねるように読み進めていった方が楽しめるかもしれない。

それは音楽を聴くことと同じようなもので、浮かんでは消える主題の周りで、様々な楽器が豊かな旋律を奏でている。

庄野さんの家族小説の原点が「静物」にある

女の子が幼稚園にいる時に、この家族はそれまで住んでいた町から汽車に乗ってこの土地へ移って来たのだ。男の子はやっと片言を話すようになったばかりであった。下の男の子はまだ生れていなかった。畑の真中にポツンと一軒だけ建てられた家に入った。女の子を連れて二人だけで映画を見に行ったのは、その翌年の冬のことだ。(庄野潤三「静物」)

庄野さんが、大阪から東京石神井公園へ引っ越してきたのは、昭和28年9月のことである。長女・夏子は6歳、長男・龍也は2歳だった。

庄野さんの家族小説の原点という意味で、この小説はやはり貴重な作品である。

やがて、庄野さんは、子どもたちの成長を素材としながら、小説を書き続けていくことになるのだが、家族をどのようにして文学として描くのか、このときはまだ手探りの状態だったのだろう。

そういう意味で「静物」は庄野文学の代表作ではあるけれども、完成された作品ではないと思う。

「静物」は、若き作家が文学と格闘していたことの証であり、これから始まる長い軌跡の始まりに過ぎない。

書名:静物
著者:庄野潤三
発行:1960/10/15
出版社:講談社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。