日本文学の世界

山川方夫「夏の葬列」夏に読みたい小説ランキング常連の短編小説集

山川方夫「夏の葬列」あらすじと感想と考察

中学校の国語の教科書で覚えた夏の短編小説。

忘れたかった戦争の記憶と、あっと驚くような結末に誰もが言葉を失ったんだ。

あの名作を、今、文庫の短編集でもう一度。

書名:夏の葬列
著者:山川方夫
発行:1991/5/25
出版社:集英社文庫

作品紹介

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集英社
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『夏の葬列』は、山川方夫の短編小説集です。

表題作『夏の葬列』は、中学校の教科書にも掲載されている名作で、戦時中の悲劇を題材としていることから、夏のこの季節に授業で習った方も多いのではないでしょうか。

初出は1962年(昭和37年)の「ヒッチコック・マガジン」に連載されたショート・ショート「親しい友人たち」で、翌年に発行された短編集『親しい友人たち』(講談社)に収録されました。

本書では、著者の代表的な作品が収録されています。

(目次)夏の葬列/待っている女/お守り/十三年/朝のヨット/他人の夏/一人ぼっちのプレゼント/煙突/海岸公園///語注(小田切進)/解説(山崎行太郎)/鑑賞(川本三郎)/年譜(山崎行太郎)

なれそめ

大学生の頃、中学生相手の学習塾で国語講師のアルバイトをしていました。

夏になると登場する小説が『夏の葬列』で、複数の教室を担当していたので、小説まるごと暗記してしまうくらいに、同じ授業をあちこちで何度も繰り返し繰り返しやっていました。

実際、中学生が読んでも引き込まれる物語だったと思います。

当時、文庫本で見つけた『夏の葬列』には、表題作以外の作品も収録されていて、むしろ、他の作品の方がおもしろいんじゃないかと思われるくらい、一時期は山川方夫の魅力にハマってしまいました。

『夏の葬列』は、教科書で覚えた小説であり、山川方夫は、学校の授業を入り口にして広がっていった小説家です。

あらすじ

太平洋戦争末期の夏の日、海岸の小さな町が空襲された。あわてて逃げる少年をかばった少女は、銃撃されてしまう。少年は成長し、再びその思い出の地を訪れるが…。人生の残酷さと悲しさを鋭く描いた表題作ほか、代表的ショート・ショートと中篇を収録。(背表紙の紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

一つの夏といっしょに、その柩の抱きしめている沈黙。

立ちどまったまま、彼は写真をのせた柩が左右に揺れ、彼女の母の葬列が丘を上って行くのを見ていた。一つの夏といっしょに、その柩の抱きしめている沈黙。彼は、いまはその二つになった沈黙、二つの死が、もはや自分のなかで永遠につづくだろうこと、永遠につづくほかはないことがわかっていた。彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。この二つの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。(山川方夫『夏の葬列』)

夏になる頃、教科書に掲載されている戦争を題材にした物語を、学校の授業で習いました。

中でも、多くの方が忘れられないという名作が『夏の葬列』です。

読みやすくてリズミカルな文章、ドラマチックなストーリー展開。

そもそも枚数が少ないショート・ショートで、学校の授業で一篇の小説を完読できるというところも、ポイントが高かったように思います。

何より戦争の悲惨さを訴える内容は、戦争を知らない子どもたちの心にも、グサグサと突き刺さっていきました。

短いのに、いや、短いからこそ完成されていると言える超名作です。

どうして一人きりになりたがるの?

「どうして一人きりになりたがるの?」「女にはわからないさ」少年はきびしい顔で答え、ふいに白い歯を光らせて笑いかけた。(山川方夫『朝のヨット』)

山川方夫の小説には、「夏」や「海」が多く登場します。

川本三郎の解説でも「思い返してみると山川方夫の作品には『夏』と『海』が多い。『夏の葬列だけでなく、『朝のヨット』『他人の夏』あるいは『十三年』『海岸公園』など山川方夫の作品には『夏』と『海』がよく出てくる」と書かれています。

山川方夫の小説に登場する海辺の町のモデルは、彼が暮らした湘南の海岸町「二宮」。

『夏の葬列』の「海岸の小さな町の駅に下りて―」に描かれている町も、この「二宮」で、だからこそ、山川方夫の小説には、夏の湘南の風が流れているのです。

その年も、いつのまにか夏がきてしまっていた

その年も、いつのまにか夏がきてしまっていた。ぞくぞくと都会からの海水浴の客たちがつめかけ、例年どおり町をわがもの顔に歩きまわる。大きく背中をあけた水着にサンダルの女。ウクレレを持ったサン・グラスの男たち。写真機をぶらさげ子どもをかかえた家族連れ。真赤なショート・パンツに太腿をむきだしにした麦藁帽の若い女たち。そんな人びとの高い笑い声に、自動車の警笛が不断の伴奏のように鳴りつづける。(山川方夫『他人の夏』)

地元の海が、都会からやってきたよそ者たちに占領されてしまう夏を、地元の人たちは、どんなふうに考えているのでしょうか。

湘南で暮らしている作者の中にも、地元の夏が「他人の夏」になってしまうもどかしさが感じられます。

そして、夏を都会の人々に奪われてしまう地元の人間だからこその視点で、「他人の夏」に占領されてしまった海辺の街を冷静に見つめ、短い物語として昇華できるのかもしれません。

海辺の街を舞台にした極めて短い夏の物語は、やがて登場する片岡義男の世界観に通じるものがあるような気がします(テーマやタッチは全然異なりますが)。

『夏の葬列』のような戦争ものばかりではないので、「夏」や「海」の小説を読みたいと考えている方にはお勧めですよ。

読書感想こらむ

教科書小説『夏の葬列』は有名なのに、作者の山川方夫の知名度は今ひとつ。

だけど、実際の山川方夫は、20代から30代にかけて、何度も何度も芥川賞や直木賞の候補になっているという、現代で言えば村上春樹級の超絶実力派の小説家でした。

もしも「34歳で交通事故死」という悲惨な最期を遂げていなければ、いつかは重要な文学賞を受賞したに違いないと思わせるほど、当時の山川方夫は精力的な活躍ぶりを見せていたのです。

とはいえ、いくつもの芥川賞・直木賞候補作品よりも、中学校の教科書に載った『夏の葬列』の方が、多くの国民に愛される作品になっていることは確か。

ある意味で、芥川賞受賞以上に、山川方夫は素晴らしい栄誉を手に入れたということができるのかもしれませんね。

まとめ

「夏に読みたい小説ランキング」上位常連作品。

短編集『夏の葬列』には、表題作以外にも「夏」や「海」を描いた小説を多数収録。

夏休みの読書感想文にもお勧めです。

著者紹介

山川方夫(小説家)

1930年(昭和5年)、東京生まれ。

同人誌「三田文学」の編集者として多くの新人発掘に貢献。

『夏の葬列』発表時は32歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。