若き村上春樹が綴る名作エッセイ集。
安西水丸のイラストが、村上エッセイの魅力を膨らませる。
ダッフルコート姿の村上春樹が初登場。
書名:村上朝日堂
著者:村上春樹、安西水丸
発行:1987/2/25
出版社:新潮文庫
作品紹介
「村上朝日堂」は、村上春樹さんと安西水丸さんの共著によるエッセイ集です。
村上さんのエッセイに水丸さんが挿絵を描いていますが、付録では、水丸さんのエッセイに村上さんが挿絵を描いています。
1982年から1984年にかけて「日刊アルバイトニュース」に連載されたコラム「シティ・ウォーキン」を書籍化したものですが、「ビックリハウス」や「GORO」に掲載されたエッセイも収録されています。
あとがきで「これは僕にとってのはじめての雑文集のようなもの」と書かれているように、村上春樹さん初めてのエッセイ集です。
なお、単行本は、1984年7月に若林出版企画から刊行されています。
エッセイと言っても、リラックスした世間話のようなものばかりで、小説の作者とは違う、等身大の村上春樹さんに触れることができるということで、「村上朝日堂」は人気シリーズとなりました。
(目次)《シティ・ウォーキン》アルバイトについて/そば屋のビール/三十年に一度/離婚について/夏について/千倉について/フェリー・ボート/文章の書き方/「先のこと」について/タクシー・ドライバー/報酬について/清潔な生活/ヤクザについて/再び神宮球場について/「引越し」グラフティー(1)(2)(3)(4)(5)(6)/文京区千石と猫のピーター/文京区千石の幽霊/国分寺の巻/大森一樹について/地下鉄銀座線の暗闇/ダッフル・コートについて/体重の増減について/電車とその切符(1)(2)(3)(4)/聖バレンタイン・デーの切干大根/誕生日について/ムーミン・パパと占星術について/あたり猫とスカ猫/ロンメル将軍と食堂車/ビーフ・カツレツについて/食堂車のビール/旅行先で映画を見ることについて/ビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」/蟻について(1)(2)/とかげの話/毛虫の話/「豆腐」について(1)(2)(3)(4)/辞書の話(1)(2)/女の子に親切にすることについて/フリオ・イグレシアスのどこが良いのだ!(1)(2)/「三省堂書店」で考えたこと/「対談」について(1)(2)/僕の出会った有名人(1)(2)(3)(4)/本の話(1)(2)(3)(4)/略語について(1)(2)/ケーサツの話(1)(2)/新聞を読まないことについて/ギリシャにおける情報のあり方/ミケーネの小惑星ホテル/ギリシャの食堂について/食物の好き嫌いについて(1)(2)(3)/再びウィンナ・シュニッツェルについて/続・毛虫の話(1)(2)/拷問について(1)(2)(3)/カサブランカ問題/ヴェトナム戦争問題/映画の字幕問題/「荒野の七人」問題/ダーティ・ハリー問題/このコラムもいよいよ今週が最終回///番外 お正月は楽しい(1)(2)/《村上春樹&安西水丸》「千倉における朝食のあり方」/「千倉における夕食のあり方」/「千倉サーフィン・グラフティー」/「男にとって”早い結婚”はソンかトクか」/付録(1) カレーライスの話(文・安西水丸、画・村上春樹)/付録(2) 東京の街から都電のなくなるちょっと前の話(文・安西水丸、画・村上春樹)///あとがき
なれそめ
僕は村上さんの小説は大抵読んでいましたが、エッセイに関しては読む価値がないような気がして、手に取ったことがありませんでした。
だから、初めて「村上朝日堂」を読んだのは、本当に時間潰しの暇潰し程度だったのですが、初めて触れる村上エッセイは、クールな小説とは全然違って、肩の力を抜いて楽しく読める話ばかり。
いつの間にか、僕は村上エッセイのファンになってしまって、場合によっては「小説以上にエッセイが好き」ともなりかねないくらいに、村上さんの文章の虜になってしまったのです。
村上さんのエッセイと呼応している水丸さんのイラストも、「村上朝日堂」の大きな魅力でしたね。
あらすじ
ビールと豆腐と引越しとヤクルト・スワローズが好きで、蟻ととかげと毛虫とフリオ・イグレシアスが嫌いで、あるときはムーミン・パパに、またあるときはロンメル将軍に思いを馳せる。
そんな「村上春樹ワールド」を、ご存じ安西水丸画伯のイラストが彩ります。
巻末には文・安西、画・村上と立場を替えた「逆転コラム」付き。
これ一冊であなたも春樹&水丸ファミリーの仲間入り!?
(背表紙の紹介文より)
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
死ぬ時は夏―という感じで年を取りたい
夏は大好きだ。太陽がガンガン照りつける夏の午後にショート・パンツ一枚でロックン・ロール聴きながらビールでも飲んでいると、ほんとに幸せだなあと思う。三カ月そこそこで夏が終るというのは実に惜しい。(「夏について」)
「村上春樹といえば夏が大好き」という伝説は、ここから始まりました。
そもそも、村上さんのビーチ・ボーイズ好きは有名で、ビーチ・ボーイズ好きなんだから、当然夏も大好きなんでしょ、という感じがしますが。
村上春樹さんの小説の中でも、夏を舞台に描かれた作品には良いものが多いような気がします。
デビュー作『風の歌を聴け』はひと夏の物語だし、初期の短編『午後の最後の芝生』も夏が舞台でした。
なお、『午後の最後の芝生』については、別記事「村上春樹「午後の最後の芝生」夏におすすめの初期短編集」で詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。

ぼくはダッフル・コートが好きだ
僕はダッフル・コートというのが好きで、この十三年くらいずっと同じものを着ている。VANジャケット製のチャコール・グレイのもので、買ったときは一万五千円だった。(ダッフル・コートについて)
「村上春樹といえばダッフル・コート」というイメージは、このエッセイの時から始まりました。
なにしろ、このとき安西水丸さんが描いたダッフル・コート姿の村上春樹さんのイラストは極めて本物そっくりだったらしく、以降ダッフル・コートを着ていると、いろいろな人に村上春樹だと認識されやすくなってしまったそうです。
1983年に書かれた話だとすると、村上さんがVANのダッフル・コートを購入したのは1970年頃のことということになりますが、当時は1万5千円でちゃんとした(少なくとも13年も着続けることができるくらいに)ダッフル・コートを買うことができたんですね。
「世の中はどうやら一応ぐるっと一周したみたいで、今年になってダッフル・コートを着た若い人々の数が増えた」とあるので、当時はダッフル・コートがトレンドの仲間入りをしていたようです。
林真理子さんのエッセイ集『南青山物語』に出てきた「男はスーツにダッフルをはおって」と同じ流れが、ここでも描かれているのかもしれませんね。
なお、林真理子さんの『南青山物語』は、別記事「林真理子「南青山物語」80年代アンアン連載のおしゃれなエッセイ集」で紹介しているので、併せてご覧ください。

大森一樹くんは映画「風の歌を聴け」の監督である
大森一樹くんは兵庫県芦屋市立精道中学校の僕の三年後輩であり、僕が書いた「風の歌を聴け」という小説が映画化された際の監督でもある。(「大森一樹について」)
「風の歌を聴け」の映画監督・大森一樹さんについてのエッセイは、いろいろと大森監督をネタにいじりながらも、さりげなく温かい応援メッセージとなっています。
「この人は見かけは獣みたいだし、浮浪者のような酒の飲み方をするし、汚ない格好をして、すぐ大声を出すけれど、なかなか良い人です」という紹介文は、結構インパクトがありますよね。
最後には「それほどとくに悪い人ではないから、大森一樹くんにははげましの手紙を出してあげてください」とまであるので、よほど仲良しだったんでしょうね、きっと。
映画版『風の歌を聴け』については、なかなか厳しいものがありますが(笑)
なお、村上春樹さんの『風の歌を聴け』については、別記事「村上春樹『風の歌を聴け』青春もあの夏も二度と戻っては来ない」で詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。

読書感想こらむ
村上春樹さんって小説はクールだけど、本人は意外とおもしろい人なんだね、というのが、このエッセイ集を読んだ最初の感想です。
だって、本当にどうでもいいような、くだらない話を一生懸命に書いているんだから。
「僕の個人的な感想を言えば、あのフリオ・イグレシアスという人間は実に不快である」なんていうことを書いて堂々としていた、あの頃の村上春樹さんのエッセイは、本当におもしろかったなあと思います。
こうしたエッセイが人気を得ていたのは、話の内容が楽しいということはもちろん、村上春樹さんのいう一個人の人間性も深く関わっていたのではないでしょうか。
小説を書いているからって偉そうなところは全然ないし、むしろ一般市民よりも一般市民らしいオーラが漂っていましたから。
あれから長い年月が経って、村上先生も偉い人になってしまったけれど、まだピュアだった頃の村上さんのエッセイは、今読んでも楽しいお話がいっぱいです。
読書の間の息抜きにおすすめ。
まとめ
村上春樹最初のエッセイ集。
挿絵は安西水丸で、エッセイとイラストを介した二人のやり取りが楽しい。
付録では、水丸さんのエッセイや村上さんのイラストもあり。
著者紹介
村上春樹(小説家)
1949年(昭和24年)、京都生まれ。
30歳のときに『風の歌を聴け』でデビュー。
本書収録のエッセイ連載開始時は33歳だった。
安西水丸(イラストレーター)
1942年(昭和17年)、東京生まれ。
29歳のときにイラストレーターとしてデビュー。
本書収録のエッセイ連載開始時は40歳だった。