村上春樹の世界

村上春樹「羊をめぐる冒険」そして僕たちの青春は終わりを告げた

村上春樹「羊をめぐる冒険」あらすじと感想と考察

読書の秋なので、村上春樹さんの初期の名作「羊をめぐる冒険」を読みました。

季節感溢れる、切ない青春小説です。

作品名:羊をめぐる冒険(上・下)
著者:村上春樹
発行:1985/10/15
出版社:講談社文庫

作品紹介

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講談社
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「羊をめぐる冒険」は、村上春樹さんの長編小説です。

「僕」と「鼠」と「ジェイ」が登場する青春三部作の完結編で、村上さんにとって3作目の長編小説となります。

野間文芸新人賞受賞。

村上春樹さんの「鼠三部作」リスト
①風の歌を聴け(1979)、②1973年のピンボール(1980)、③羊をめぐる冒険(1982)

初出は『群像』1982年8月号で、単行本は1982年10月に講談社から刊行されています。

なお、鼠三部作の第1作目『風の歌を聴け』については、別記事「村上春樹「風の歌を聴け」青春もあの夏も二度と戻っては来ない」で紹介しています。

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青春3部作完結編
1982年秋 僕たちの旅は終わる すべてを失った僕のラスト・アドベンチャー

野間文芸新人賞受賞作
1通の手紙から羊をめぐる冒険が始まった 消印は1978年5月――北海道発

あらすじ

舞台は1978年の東京。

妻と別れたばかりの僕は、「鼠」から届いた羊の写真を巡って、大きなトラブルへと巻き込まれていきます。

羊つきの先生、黒服の秘書、耳の広告モデルの女性、羊博士。

「鼠」の消息を訪ねて北海道へ渡った僕は、自分たちの青春が終わったことを知ることになるのですが、、、

目次///【第一章 1970/11/25】水曜の午後のピクニック///【第二章 1978/7月】1 16歩歩くことについて/2 彼女の消滅・写真の消滅・スリップの消滅///【第三章 1978/9月】1 鯨のペニス・三つの職業を持つ女/2 耳の開放について/3 続・耳の開放について///【第四章 羊をめぐる冒険Ⅰ】1 奇妙な男のこと・序/2 奇妙な男のこと/3 「先生」のこと/4 羊を数える/5 車とその運転手(1)/6 いとみみず宇宙とは何か?///【第五章 鼠からの手紙をその数日後譚】1 鼠の最初の手紙 1977年12月21日の消印/2 二番目の鼠の手紙 消印は1978年5月?日/3 歌は終りぬ/4 彼女はソルティー・ドッグを飲みながら波の音について語る///【第六章 羊をめぐる冒険Ⅱ】1 奇妙な男の奇妙な話(1)/2 奇妙な男の奇妙な話(2)/3 車とその運転手(2)/4 夏の終わりと秋の始まり/5 1/5000/ 6 日曜の午後のピクニック/7 限定された執拗な考え方について/8 いわしの誕生///【第七章 いるかホテルの冒険】1 映画館で移動が完成される。いるかホテルへ/2 羊博士登場/3 羊博士おおいに食べ、おおいに語る/4 さらばいるかホテル【第八章 羊をめぐる冒険(Ⅲ)】1 12滝町の誕生と発展と転落/2 12滝町の更なる転落と羊たち/3 12滝町の夜/4 不吉なカーブを回る/5 彼女は山を去る、そしておそう空腹感/6 ガレージの中で見つけたもの 草原の真ん中で考えたこと/7 羊男来る/8 風の特殊なとおり道/9 鏡に映るもの・鏡に映らないもの/10 闇の中に住む人々/11 時計のねじをまく鼠/12 緑のコードと赤のコード・凍えたかもめ/13 不吉なカーブ再訪/14 12時のお茶の会/エピローグ

美しい耳の彼女と共に、星形の斑紋を背中に持っているという1頭の羊と<鼠>の行方を追って、北海道奥地の牧場にたどりついた僕を、恐ろしい事実が待ち受けていた。1982年秋、僕たちの旅は終わる。すべてを失った僕の、ラスト・アドベンチャー。村上春樹の青春3部作完結編。野間文芸新人賞受賞作。(上巻カバー文)

あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている21歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。北海道に渡ったらしい<鼠>の手紙から、ある日羊をめぐる冒険行が始まる。新しい文学の扉をひらいた村上春樹の代表作長編。(下巻カバー文)

なれそめ

初期の村上春樹の作品が好きだと考えている人にとって、特に「鼠」の登場する三部作には、特別の思い入れがあるのではないでしょうか。

「鼠三部作」とも呼ばれるくらい、この三作品において、鼠の存在は大きなものとなっています。

「羊をめぐる冒険」は、村上さんの作品としては珍しく季節感の描写が多く、夏の終わりから冬の始まりにかけて(つまり秋という季節)の季節の移り変わりの中で、物語は展開していきます。

そのせいか、僕はこの小説を秋に読むことが多いです。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

僕は街を失くし、十代を失くし、友だちを失くし、妻を失くし、あと三ヶ月ばかりで二十代を失くそうとしている。

職を失ってしまうと気持はすっきりした。僕は少しずつシンプルになりつつある。僕は街を失くし、十代を失くし、友だちを失くし、妻を失くし、あと三ヶ月ばかりで二十代を失くそうとしている。(「羊をめぐる冒険Ⅱ」)

「羊をめぐる冒険」は、誰にもいつかは訪れるだろう、青春の終わりを描いた物語です。

村上さんの愛してやまないスコット・F・フィッツジェラルドの「華麗なるギャツビー」も、同じように三十代を迎えた男たちの青春の終わりを描く物語だったことを思い出します。

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「羊をめぐる冒険」は、青春が一枚ずつ剥ぎ取られて模様を、一行ずつ丁寧に書いていくような小説だと思いました。

「僕にも腹を立てる権利はある」と僕は言った。

僕はギターを手に取ると、その背板を思いきり暖炉の煉瓦に叩きつけた。巨大な不協和音とともに背板が砕けた。羊男はソファーから飛び上った。耳が震えていた。「僕にも腹を立てる権利はある」と僕は言った。(「羊をめぐる冒険Ⅲ」)

「僕はとても腹を立てている。生まれてこのかた、これくらい腹を立てたことはない」。

そう告げて「僕」は、羊男の前でギターを叩き壊します。

「羊をめぐる冒険」の中で、おそらく僕が一番好きなシーンです。

青春の終わりを迎えつつある男の、焦りと苛立ち。

「僕にも腹を立てる権利はある」と、誰もが心の中で呟いているのではないでしょうか。

おれにはもうこれからなんてものはないんだよ。

おれにはもうこれからなんてものはないんだよ。一冬かけて消えるだけさ。その一冬というのがどの程度長いものなのか俺にはわからないが、とにかく一冬は一冬さ。(「羊をめぐる冒険Ⅲ」)

鼠三部作を好きな読者としては、鼠が登場する場面になって、ようやく物語がおもしろくなったと感じます。

そして、それはそのまま小説のラストシーンへとつながり、「僕」と「鼠」の青春の物語の終わりへとつながります。

「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。君と飲むビールや…」そう言った後で、「わからないよ」と声を呑み込む「鼠」。

青春の頃に誰もが持っていた「ピュアな何か」を抱えたままで、「鼠」は自分の青春を終えてしまいたいと考えていたのかもしれない。

大切なものを永遠に閉じ込めておくために。

そして「僕」は、「青春」の後に続く道を歩き続けていきます。

かつて親友だった「鼠」とはまったく別の道を、、、

読書感想こらむ

「鼠」と「ジェイ」が登場する場面でほっとする、というのが正直な感想。

「鼠」が登場するまでの話が非常に長いので(しかも、物語の設定として前半が重要な部分なので)、「鼠」好きの人には辛いだろうなあと思います(そして、僕自身も辛かった)。

村上さんは「羊をめぐる冒険」以降にも、代表作と言える作品を次々と発表していくことになるのですが、少なくとも、この作品を書いた時点で、青春の終わりをきちんと書いておきたいと考えていたのではないでしょうか。

それは、つまり「グレート・ギャツビー」のような作品を、という意味で。

「ギャツビー」や、その後に発表される長篇小説に比べると、「羊をめぐる冒険」は小粒でインパクトに足りない小説ではありますが、僕はやっぱり、この小説が好きです。

「鼠」が「俺は俺の弱さが好きなんだよ」と言っているのと同じように。

まとめ

「羊をめぐる冒険」は、友情と青春の終わりを描いた長編小説です。

青春小説が好きな方には、絶対におすすめ。

深まりゆく秋が舞台になっているので、秋に読みたい小説です。

著者紹介

村上春樹(小説家)

1949年(昭和24年)、京都市生まれ。

1979年、『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞受賞。

「羊をめぐる冒険」刊行時は33歳だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。