村上春樹の世界

村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」自分の中の自分と向き合う

村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」あらすじと感想と考察

村上春樹さんの「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読みました。

何度読んでも感動できる傑作ファンタジーです。

書名:世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上下巻)
著者:村上春樹
発行:1988/10/1
出版社:新潮文庫

作品紹介

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新潮社
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「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、村上春樹さんの長編小説です。

単行本は、1985年(昭和60年)6月、新潮社から刊行されました。

村上さんにとっては、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」に続く、4冊目の長編小説ということになります。

http://syosaism.com/kazeno-utawokike/
http://syosaism.com/murakami-haruki/

1985年(昭和60年)、谷崎潤一郎賞を受賞。

高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国。(上巻カバー文)

あらすじ

舞台は、1980年代の東京。

「組織(システム)」で働く計算士の「私」は、かつて「組織(ファクトリー)」の一員だった生物学者の依頼により、特殊な業務を引き受けます。

しかし、その仕事は、「組織(システム)」にとっても、「システム(システム)」のライバル企業である「工場ファクトリー」にとっても、見過ごすことのできない、極めて危険な業務でした。

一方で、高い壁に囲まれていて、一角獣が暮らしている「街」にやってきた「僕」は、自分の「影」と別れて、図書館の女の子と一緒に「夢読み」の仕事をするようになります。

どこにも行くことができない「世界の終り」に、どうして「僕」はやって来たのだろうか。

「僕」は、別れた「影」と連絡を取って、その「街」を脱出しようと計画を練りますが、、、

〈私〉の意識の核に思考回路を組み込んだ老博士と再会した〈私〉は、回路の秘密を聞いて愕然とする。私の知らない内に世界は始まり、知らない内に終わろうとしているのだ。残された時間はわずか。〈私〉の行く先は永遠の生か、それとも死か? そして又、〔世界の終り〕の街から〈僕〉は脱出できるのか? 同時進行する二つの物語を結ぶ、意外な結末。村上春樹のメッセージが、君に届くか!?(下巻カバー文)

なれそめ

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、村上春樹さんの作品の中でも、とりわけ人気の高い作品ではないかと思います。

組織(システム)の計算士、工場(ファクトリー)の記号士、音抜き、高い壁に覆われた街、一角獣、夢読み、地下で生きる「やみくろ」、地下の滝、「やみくろ」の神殿、爪のはえた魚、、、ガリガリのファンタジー要素が満載なので、ファンタジー小説が好きな人は、絶対にハマると思います。

ただし、二つの物語が交互に進行する二重構造に慣れるまでは、かなり頭が混乱するかもしれません。

僕も最初のうち何度かは、前半で読書をあきらめたことがあったのですが、ある地点を乗り越えると、小説の世界にどんどんと引きずり込まれてしまいました。

今では、村上さんの作品の中でも、特に好きなもののひとつとなっています。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

ここは世界の終りなんだ。ここで世界は終り。もうどこへいかん。

悪いことはいわんから影のことは忘れちまいな。ここは世界の終りなんだ。ここで世界は終り。もうどこへいかん。だからあんたももうどこにもいけんのだよ。(村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」)

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、ふたつのまったく異なる物語が交互に展開する二重構造の小説ですが、作品の主題となっているのは「世界の終り」だと思います。

「ハードボイルド・ワンダーランド」は、「世界の終り」のファンタジーな世界を論理的に生み出すためのツールにしか過ぎません(そのツールさえ十分にファンタジーであるわけなんですが)。

「世界の終り」が、どうして「世界の終り」なのか。

「僕」はどうして「世界の終り」まで来てしまったのか。

その辺りの論理的な構造については、「ハードボイルド・ワンダーランド」を読み進めていくと、少しずつ明らかにされていきますが、とにかく、この物語は「僕」と「影」が別れて暮らすことになった「世界の終り」に注目すべきだと思います。

まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声なんです

「ボブ・ディランって少し聴くとすぐにわかるんです」と彼女は言った。「ハーモニカがスティーヴィー・ワンダーより下手だから?」彼女は笑った。(略)「そうじゃなくて声が特別なの」と彼女は言った。「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声なんです」(村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」)

「私」は、レンタ・カーの代理店で新型のカリーナ 1800GT・ツインカムターボをレンタルして、ボブ・ディランのカセットテープを聴きながら、パネルのスウィッチをひとつひとつ確認します。

そのとき、レンタカー会社の女の子と交わした会話が、ボブ・ディランの歌についてでした。

話の筋にはほとんど関係なくて、彼女が登場する場面もこの瞬間だけですが、僕はこの会話のシーンがとても好きです。

「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声なんです」も言葉には、作者の村上春樹さんの、それなりの思い入れを持っているからこそ、この場面にあえて挿入しているのではないでしょうか。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」には、音楽に関する話題が多く、物語の「鍵」にもなってくるので、音楽が登場する場面には注目ですよ。

しかし僕は君を愛しているし、大事なのはその気持のありようなんだ。

君を失うのはとてもつらい。しかし僕は君を愛しているし、大事なのはその気持のありようなんだ。それを不自然なものに変形させてまでして、君を手に入れたいとは思わない。それくらいならこの心を抱いたまま君を失う方がまだ耐えることができる。(村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」)

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は恋愛小説ではありませんが、人の「心」が大きなテーマとなっているため、図書館の女の子との恋愛がストーリー展開の中心的な柱となっています。

現実世界の「ハードボイルド・ワンダーランド」では、妻と離婚した経験を持つ「私」が、「世界の終り」の中で、「心」を失った女の子と愛し合うことができるのか。

純粋な恋愛小説とは違うからこそ描くことができる愛の形が、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では示されているような気がします。

読書感想こらむ

ものすごく単純に言うと、「ハードボイルド・ワンダーランド」は現実世界の物語で、「世界の終り」は非現実世界の物語です。

現実世界で巻き起こるトラブルが、「世界の終り」という非現実世界を生み出すのですが、物語のテーマは、非現実世界の中に埋め込まれています。

ただし、そのことを理解できるのは、かなり後になってからなので、そこに辿り着くまで、今回も「長いなあ」と思いました。

だけど、読み終わった後の充実感は格別で、発表から35年が経った今も「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が人気のある小説だということにも、改めて納得です。

秋の始まりに読んでおくべき小説だったなあと思いました。

まとめ

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は、村上春樹さんの長編傑作ファンタジーです。

村上春樹的な文学要素がたっぷりと詰め込まれているので、初めて村上春樹を読むという人にもお勧めです。

音楽や食べ物に関する描写もたっぷり。

著者紹介

村上春樹(小説家)

1949年(昭和24年)、京都市生まれ。

1979年(昭和54年)に「風の歌を聴け」で、1980年(昭和55年)には「1973年のピンボール」で芥川賞候補となる。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」刊行時は36歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。