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森瑤子「マイコレクション」日本中が夢見ていたバブル時代の残像

森瑤子「マイコレクション」日本中が夢見ていたバブル時代の残像
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森瑤子は短編小説の名手として知られた小説家である。

日本中が背伸びしていた1980年代、上質で感度の高いライフスタイルに焦点を当てた女性の物語を、次々に発表した。

森瑤子の作品には、いつでも最先端の時代があり、ゴージャスでセレブリティな暮らしが、あたかも誰でも手の届く「ちょっとした憧れの世界」であるかのように描かれていた。

「マイコレクション」は、百貨店の高島屋と森瑤子がタイアップして生まれた短編集である。

それは、高島屋の夕刊広告を小説形式で行うというものだったが、高島屋が広告で推したいアイテムを選び、そのアイテムをテーマとして森瑤子がショートストーリーを提供するという企画は、短編小説の名手・森瑤子の存在なくしては成立しなかっただろう。

フランスの「フォッション」やイタリアの「ベック」、ドイツの「ダルマイヤー」などといった世界中の高級食料品店や、ロマネ・コンティ、ヴーヴ・クリコ、シャネル、ヒッコリー、スチューベン、ルードヴィクスブルグ、ベネチアンガラス、ヴェルドゥーラ、ベオルキ、ジョージ・ジェンセン、ブレゲ、カガミクリスタルなどの高級ブランドが次々と登場する物語は、間違いなく華やかだ。

そして、そうした一流の銘品に囲まれながら暮らす登場人物たちは、いずれも富裕層として生きる人々であって、彼らは南太平洋のハネムーンへ出かけ、マンションの21階で暮らし、毎週末にはゴルフを楽しみ、ゴルフの後は都心でイタリア料理を楽しむ。

ヨロン島の海でスキューバ・ダイビングに興じる彼らが愛する音楽は、コルサコフやマーラー、ガーシュウィンなどのクラシック音楽で、オペラ鑑賞のためにウィーンを訪れることもあるし、文学を論じるならヘミングウェイである。

まさしく、財産と教養がなければ実現できないライフスタイルが、森瑤子の小説の中では極めてナチュラルに描かれていると同時に、こうした一種荒唐無稽とも思われるハイソサエティな暮らしは、世の中の女性たちから絶大なる支持を得た。

日本は上昇志向の国家であり、少し頑張ることで上流社会の暮らしを手に入れることができると誰もが信じていた時代の、これはまさしく「物語」である。

休日にドライブに出かけた二人は、湖のほとりで、二人だけの小さなパーティーを始める。

ポワラーヌの田舎パンにクリームチーズとスモークしたサーモンをたっぷりとはさんだものを取りだして、彼女が微笑した。もう一種類にはフォアグラのパテとトリュフの薄切りがはさんである。彼がジュヴレ・シャンベルタンのコルクを抜いて、グラスに注ぐ。彼女はトリュフの方のサンドイッチにまずかぶりつく。(「秋風に乾杯」)

実は、ここで登場するサンドイッチの食材は、高島屋の特選食材コーナー「パリ・マルシェ」で入手できるという広告に付随する物語なのだが、一般大衆が憧れるハイソサエティな生活を陰で支えていたのが、こうした都心にある百貨店だった。

広告小説を手掛けた森瑤子は、次に「女性のためのプレゼント売り場」の設置を提案し、1991年、日本橋高島屋に、森瑤子のコンセプトショップ「MY COLLECTION」がオープンした。

「MY COLLECTION」は、つまり、この短編小説集のタイトルでもある。

日本橋高島屋の「MY COLLECTION」は、森瑤子の急逝によって1993年に閉店してしまったが、時のハイソサエティな暮らしへの憧れは、本書「MY COLLECTION」の中にしっかりとその輝きを残している。

まるで、日本中が夢見ていたバブル時代の残像のように。

書名:マイコレクション
著者:森瑤子
発行:1994/5/25
出版社:角川文庫

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。