庄野潤三の世界

佐伯一麦が選ぶ「庄野潤三」と内田樹が選ぶ「村上春樹」のベスト3

佐伯一麦が選ぶ「庄野潤三」と内田樹が選ぶ「村上春樹」のベスト3
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毎日新聞出版
¥2,200
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「わたしのベスト3」読了。

「作家が選ぶ名著名作」というサブタイトルが付いている。

帯文には「毎日新聞『今週の本棚・この3冊』約20年分から選りすぐった、ベスト・セレクション」「100人超の人気作家たちがすすめる、エンタメ、古典、話題作」「読んで役立ち、ながめて楽しい、極上のブックガイド」とある。

新聞の書評欄は楽しい。

本を読むとの同じくらいの楽しさが、新聞の書評欄にはあると思う。

優れた書評は、優れたエッセイのようなものだから。

そう考えると、本書は「読書」にテーマを絞ったエッセイ集みたいなものだ。

多くの現役作家陣が、それぞれ一人の作家の作品の中からベスト3を選んで紹介するというルールも、このエッセイ集を一層おもしろいものにしている。

佐伯一麦が選んだ「庄野潤三」ベスト3

だが庄野氏は、人が羨むような平安な生活に安住していたのだろうか。晩年の表現の底にあったものは、人が生きていく上では不快なことが起こらない訳はないけれども、それを取り上げて大げさにするのではなく、それを鎮めて、幸福の種子の方を探して表現することのみ心を砕く、という苛烈な生の意志であったように思われる。(「庄野潤三」佐伯一麦)

「庄野潤三」作品のベスト3を紹介しているのは佐伯一麦。

掲載は2009年11月1日で、庄野さんは、この年の9月1日に亡くなったばかりだった。

佐伯さんがチョイスした作品は「プールサイド小景・静物(新潮文庫)」「夕べの雲(講談社文芸文庫)」「陽気なクラウン・オフィス・ロウ(文藝春秋)」。

「プールサイド小景・静物」は、新潮文庫オリジナルの初期作品集だが、佐伯さんは芥川賞受賞作品となった短編小説「プールサイド小景」を推している。

一般的に、庄野さんの代表作とされているもので、「働けば豊かになるというサラリーマンの生活が実は幻影に突き動かされていることを、庄野氏は高度成長期前の昭和29年に予感として既に描いていた」と、佐伯さんは指摘している。

「夕べの雲」は、庄野家の5人家族が、生田の丘の上の家で暮すようになった最初の数年の生活が描かれている長編小説で、佐伯さんは「”夫婦の晩年”シリーズのみなもとにあたる」と書いている。

「ザボンの花」と並んで、庄野さんの家族小説の代表作のひとつなので、庄野さんの家族小説の雰囲気が好きな人にはお勧め。

「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」は、庄野さんが決定的な文学的影響を受けたイギリスのエッセイスト、チャールズ・ラムの生地を訪ねた十日間の旅行記。

単なる旅行の記録というよりも、ラムの作品や、ラムの良き理解者だった福原麟太郎や平田禿木の作品を引用しながら、チャールズ・ラムを詳しく知るための優れた評伝になっている。

自分も大好きな作品だけれど、庄野潤三ベスト3としては変化球かもしれない。

内田樹が選んだ「村上春樹」ベスト3

私たちの暮らしている世界のすぐ横には「あのとき分岐点で違う道を選んでいれば、そうなったかもしれない別の世界」がある。作家とは私たちの暮らすこの世界と「そうもありえた世界」を隔てる「壁」の間を行き来できる特権的な職能民のことである。だから作家は「壁抜け」を特技としなければならない。(「村上春樹」内田樹)

村上春樹のベスト3を紹介しているのは、内田樹で、選ばれた作品は「羊をめぐる冒険(講談社文庫)」「中国行きのスロウ・ボート(中公文庫)」「村上朝日堂(新潮文庫)」。

「『羊をめぐる冒険』からあと、村上春樹は愛する人、親しい人が「壁の向こう側」に消えてしまう経験と、「壁の向こう側」から人間的尺度では考量できぬものが突入してくる経験を繰り返し書いた」「『ダンス・ダンス・ダンス』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』、どれもこの同一の説話原型を変奏している」とは、内田さんの分析だ。

アメリカで編集されたアンソロジー「中国行きのスロウ・ボート」には「村上文学を読み解く鍵となる重要な短編がほぼ網羅されている」。

内田さんの「村上春樹短編ベスト3」は「中国行きのスロウ・ボート」「午後の最後の芝生」「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」とのこと。

だけど、内田さんが一番繰り返し読んでいるのは「村上朝日堂シリーズ」。

「世界を埋め尽くす「どうでもいいこと」を(貝が小石を真珠層で包んで宝石に仕上げるように)作家は忘れがたい一編の物語にみごとに仕上げてしまう」とあるけれど、村上さんは「どうでもいいこと」を一生懸命に語っているところが、本当におもしろいと思う。

安西水丸さんが亡くなられて、村上朝日堂は永遠に幕を閉じてしまったけれど。

書名:作家が選ぶ名著名作 わたしのベスト3
発行:2020/2/29
出版社:毎日新聞出版

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。