女性目線で描く新しい時代の古本案内。
初版本とか署名本とか希少本とか、そういう従来のマニアックな視点ではなく、あくまでも純粋に1冊の古本と向き合う。
古本のヴィジュアルに注目したオールカラーの世界へようこそ。
書名:海月書林の古本案内
著者:市川慎子
発行:2004/10/22
出版年:ピエ・ブックス
作品紹介
「海月書林」は2000年にオープンしたWEB販売のみの古本屋です。
実店舗のないお店ながら、店主独特の観点からセレクトされた古本や、一風変わった紹介文は、従来の古本屋とは一線を画するもので、たちまち世の中の女性を中心に話題の古本屋となりました。
「海月書林の古本案内」は、そんな海月書林の店主・市川慎子さんが綴る、海月書林的古本案内の本です。
古本収集と言うと、高価な初版本を集めたり、世にも珍しい本を探しまわったり、ボロボロの「黒い本」を誰かに自慢したりするようなイメージがありますが、海月書林が提案する古本は、とってもクールで、とってもおしゃれ。
(目次)
本を解剖しましょう/オンナコドモ/鈴木悦郎さんインタヴュー/暮しの手帖/花森安治の装釘本/生活の絵本/手芸本/フォア・レディース/主婦之友花嫁講座/文学・随筆/カラーブックス/デザイン/あまカラ/明治屋のPR誌『嗜好』/洋酒天国シリーズ/カフェ&ギャラリーひなぎく
「海月書林の古本案内」の目次を見ただけで分かるとおり、ターゲットは明らかに女性で、女性だって古本の世界を楽しむことができるんだろいうことを、著者は分かりやすくヴィジュアルで紹介してくれます。
古本案内をオールカラーで読むと、こんなに楽しいものなんですね。
なれそめ
「海月書林」のことを知ったのは、何かの雑誌で読んだことがきっかけだったような気がします。
なんとなく「クウネル」だったような印象があるのですが…
「海月書林」の品揃えは確かに独特で、他の古本屋とは違うオーラがはっきりと漂っていました。
古本屋というよりは雑貨屋さんに近いイメージで、昭和レトロ雑貨を扱うお店の片隅で、懐かしい古本も並べられている、そんな感じです。
そこで紹介されている古本は、僕の琴線に触れるものばかりで、あれもこれも欲しくなってしまうものばかりでした。
もともと古本収集を楽しんではいましたが、海月書林のおかげで守備範囲が大きく広がったような気がしたものです。
間もなく「海月書林の古本案内」なる書籍が発売されて、この本を直ちに購入した僕は、一時期、新しい視点での古本集めに熱中していました(影響されやすいのです)。
古本に興味がないという方でも楽しく読むことができる、昭和の世界への案内書です。
本の壺
「海月書林の古本案内」に登場する古本は、どの本も僕のツボを刺激してくれる良書ばかりです。
詳しいことは本書を読んでいただくこととして、今回は「海月書林の古本案内」に教えていただいた新たな発見を紹介しておきたいと思います。
オンナコドモ
海月書林の大きな特徴は「オンナコドモ」の選書です。
女性向けの書籍や雑誌、子ども向けの絵本や児童書などの古本に注目したのが、このコーナーでした。
もちろん、従来からこうした分野のコレクターは存在していましたが、海月書林の視点はいかにもヴィジュアル的でスマートです。
サンリオの前身である「山梨シルクセンター」が発行していた「愛を歌う」(サトウハチロー)は、松本(山口)はるみの装幀・装画によるもの。
サンリオ発行の「指輪の猫」(熊井明子)も、宇野亜喜良のイラストとともに楽しめる素敵な女子本です。
詩人とイラストレーター、写真家のコラボレーションで生まれた「メルヘンの国シリーズ」は、海月書林の紹介で知りました。
白石かずこ「きまぐれ魔女の物語」も宇野亜喜良のイラストが美しい注目の1冊です。
「それいゆ」や「ひまわり」「ぎんのすず」などで有名なイラストレーター鈴木悦郎さんのインタビューは貴重ですが、僕が気になったのは鈴木悦郎のイラストがプリントされたごはん茶碗。
「それいゆ」が昭和35年に廃刊になった後、「みわ工房」が作ったのが最初で、その後、「エンゼル陶器」から発売されていたそうです。
エンゼル陶器の食器は、僕も少し集めていたことがあるので、古本とともに気になる話題でした。
フォア・レディース
「海月書林の古本案内」を読んだ時、僕は「フォア・レディース」という言葉を知りませんでした(恥ずかしながら)。
1965年(昭和40年)、寺山修二の文と宇野亜喜良のイラストで華麗に登場した「フォア・レディース・シリーズ」(新書館)は、ポイントをついた人選と凝りに凝った装幀で、一躍人気シリーズになったそうです。
当時の女の子の待ち合わせ場所として「新宿紀伊国屋の『For Ladies』の売場の前で」というフレーズが流行するくらいの人気だったというからすごい。
海月書林が取りあげた後、新書館の「フォア・レディース」シリーズは、オシャレな女子本として人気の古本になりました。
フランスの女流作家ボーボワールやサガンを取りあげるなど、「フォア・レディース」シリーズは、1960年代の感度の高い女性たちに支持されていたんでしょうね。
それにしても、注目前のアイテムに目を付ける海月書林のセンスはさすがです。
僕も、注目されていないアイテムを細々と集めるのが好きな人なので、この「フォア・レディース」のエピソードはすごくしびれました、、、
本が好きで、可愛いものが大好きな女の子が胸をときめかせて集めたシリーズがありました。それが新書館フォア・レディースシリーズ。「レディーのための」という名のとおり、知的でおしゃれな女の子の本棚にふさわしい。(市川慎子「海月書林の古本案内」)
『あまカラ』と『嗜好』
本書の中で、とりわけ僕のツボにハマったのが「あまカラ」です。
切り紙や布がモチーフに使われた愛らしい表紙の小冊子、その名は『あまカラ』。すばらしい執筆陣が綴るおいしい食べもの随筆が、ぎっちりつまった『あまカラ』は、味も姿もそろった可憐な和菓子のよう。みなさま、ぜひご賞味あれ。(市川慎子「海月書林の古本案内」)
「あまカラ」創刊号が発行されたのは1951年(昭和26年)8月で、大阪の老舗菓子店が資金を拠出して発行されました。
編集は水野多津子と大久保恒次で、吉田健一や森田たま、幸田文、木村荘八、小島政次郎などの文学者たちが、食べ物に関する随筆を寄せています。
1968年(昭和43年)の「続200号」まで続いた小冊子は、コレクター心を刺激してくれるシリーズです。
同じように、僕の琴線に触れたのが、株式会社明治屋のPR誌「嗜好」です。
明治41年に創刊され、現在も発行され続けているPR誌ですが、食べもののエッセイが並んだ通常の号と、別冊としてひとつのテーマに絞って出された号の2パターンがあるそうです。
僕の蒐集癖には「随筆が好き」「小さなものが好き」「非売品が好き」という傾向があります。
様々な業界や会社のPR誌とかミニコミ誌というのは、思わず著名な人物がコラムを寄せていたりして、そういう意外性も含めて好きなところ。
世の中には、きっとまだまだ楽しい古本の世界があるんでしょうね。
そう考えただけで、古本集めというのは本当にやめられない趣味だなあと思うのです。
読書感想こらむ
子どもの頃から、つまらないものを集めることが好きだった。
新聞の折り込み広告のチラシ。
クリスマスが近づくと、おもちゃ屋の豪華なチラシが混じっていて、時間を忘れて繰り返し読んでは、机の引き出しの中にこっそりと隠しておいた。
通販ショップのカタログ。
アメリカのアウトドアブランドは早くから通販事業を行っていたから、毎シーズン送られてくる「L.L.Bean」や「Cabela’s」のカタログで、部屋の中はいっぱいになったけれど、なぜか古いカタログを捨てる気にはなれなかった。
文庫本を買うと中に挟まっていた新刊案内の小冊子(チラシ? パンフレット?)。
特に1980年代の角川文庫のものは華やかで夢中になって集めていた。
同じように文庫本に挟まっていた広告付きの栞も、もちろん収集の対象になった。
今も古本屋に行くと、古いチラシや栞が挟まっていないか、確認する癖がある。
そして、お気に入りのチラシや栞を見つけたら、それを目的に古本を買うことさえある。
まさしく本末転倒。
古本の道は寄り道もまた楽しいものである。
まとめ
女子が勧める女子のための古本案内。
昭和のレトロ雑貨を探す感覚で古本を探してみよう。
自分だけのお気に入りを見つけるためのヒントとして。
著者紹介
市川慎子(古本店主)
1978年(昭和53年)、愛知県生まれ。
2000年に海月書林を開店。
本書発行時は26歳だった。