始まりは偶然の出会いだった。
初心者が骨董通として死んでいくまでの生涯を描く。
様々な骨董を巡るストーリー。
書名:骨董症候群~目利きへの遍歴
著者:末続堯
発行:2001/4/25
出版社:里文出版
作品紹介
本書は、ささいな偶然から骨董の世界に入り込んだ一人のビジネスマンの物語です。
ドラマ仕立てで、主人公である「松下洋平」の骨董人生を描き出していますが、根底にあるのは初心者に向けた骨董ガイド。
「骨董症候群」という書名から分かるとおり、骨董に病みつきになった男性を一人の病人と見立てて、具体的な「症例」と「処方箋」を示す形で構成されています。
といっても、特別に難しい内容ではなくて、上司の命あり、難しい夫婦関係あり、初恋の女性との再会あり、人生の友ありといった、普通の会社員の普通の人生を読みやすい文章で物語にしています。
「初期症状」から「回想」まで全部で18編の短いストーリーで構成。
骨董好きなら身に覚えのありそうなエピソードが満載です。
なれそめ
僕が「骨董」という世界に興味を持ち始めたのは30代半ばのときのことです。
結婚をして、子どもができて、家を購入して、人生がようやく落ち着き始めた頃でした。
それまで夢中だったアウトドアスポーツの他にも、何か家でもできる趣味が欲しいと思っていたところに現われたのが「骨董」。
毎週のように「骨董市」へ通い、「骨董店」の常連となり、ガラクタとも言われかねない古物や古道具をせっせと我が家へと運び続けていました。
その頃に教科書的な書籍を探していて出会ったのが「骨董症候群」です。
普通の骨董入門とは異なる形式で、ストーリー仕立ての骨董ガイドでしたが、ただの解説書ではない骨董物語に、僕の「骨董熱」はますます上昇していくのでした。
骨董収集の教科書を探していた僕は、偶然にも最高の教科書を手に入れていたのです。
あらすじ
主人公の「松下洋平」は六本木にある会社でコンピューターのシステム変更に携わるサラリーマン。大きな仕事に一区切りがついたある日、偶然通りかかった骨董屋のショーウィンドウで見つけた「萩ガラスの徳利」に心を惹かれます。
既に売約済みとなっていた萩ガラスを何とか手に入れた洋平は、骨董市の常連客となり、コレクションを充実させていきます。
骨董仲間でありライバルの「佐原」に負けたくないとの焦りから、時には「ニセモノ」をつかまされるという失敗もありますが、親しい仲間との骨董談義は、洋平の人生にかけがえのない時間となりました。
ある日、偶然に入った骨董屋で、洋平は高校時代に憧れていた女性「信子」と再会。
2人で飲んだ帰り道、酔った信子に誘われて、洋平は彼女の暮らすマンションへと立ち寄りますが、、、
本の壺
ストーリーを楽しむ
本書はストーリー仕立ての骨董収集ガイドです。
骨董を離れて読み物として楽しい物語になっているので、まずはストーリーを楽しみましょう。
「小道具に骨董がある」というだけで、骨董好きの方には楽しい展開が待っているはずです。
主人公の松下洋平は普通のサラリーマンで、妻と2人の子どもを持つ父親です。
ずぶの素人だった洋平が少しずつ骨董通へと出世していく様子は、ある意味では骨董界のサクセスストーリーで、昔買った「氷コップ」が流行に乗って高値を付けたり、重要文化財級の「古伊万里」を偶然に入手したり、再会した初恋の女性から「柿右衛門」をプレゼントされたりと、骨董好きの男性であれば夢に見るような展開が、次々と待ち受けています。
仕事をリタイアした後に出かけたパリの蚤の市では、初恋の女性の娘さんと偶然に出会い、彼女の死を知らされたりと、まさに人生は筋書きのないドラマ。
ただ、この物語でいちばん大切なことは、親しい骨董仲間が洋平の周りには集まっていたということではないでしょうか。
エリート社員「佐原」やスチュワーデスの「今森」、銀行頭取秘書の「春木」をはじめとする仲間たちが、洋平の骨董趣味を支え続けたと言っても過言ではないくらい、骨董の友は洋平にとって人生の糧だったのです。
処方箋を読む
本書は骨董趣味を「骨董症候群」という病気になぞらえて、様々な症例に対する処方箋を示す形で骨董収集をガイドしています。
例えば、自分も骨董屋もよく分からない謎の鉢を買ったところが、後になって明時代の貴重な香炉だと判明した際には、「掘り出し物との遭遇は余程のベテランでも年に一度か二度」と戒め、「出てくるとすれば専門外の店から。和物をアンティークショップから、洋物を骨董店からとはセミプロの常識」と教示します。
また、商談相手の蒐集品に偽物が混じっていることを指摘したために、ビジネス上のトラブルとなった際には、「相手が持っている品物が例え贋作と判っていても、それを口に出さないのがコレクターの流儀」と諭し、ビジネスマンであれば「骨董趣味を仕事に生かす」器量も持つべきだと主張します。
骨董趣味をただの蒐集癖に終わらせるのではなく、ある時代の社会や文化を紐解くための教養であるべきだと、著者は考えているのです。
骨董を楽しむ
主人公の洋平は生涯を通して多くの骨董と出会います。
最初の出会いは萩ガラスのびいどろの徳利でした。
その後もガラスを集め続けて、明治ガラス、大正ガラスと、洋平のコレクションは充実していきます。
10年前に200円で買った氷コップの値段は、この10年で20倍にも上がりました。
偶然に入手した明時代の香炉、再会した初恋の女性から渡された柿右衛門の猪口、義父の遺品に紛れ込んでい古九谷の大皿、藍柿右衛門の長皿、写経の断片、江戸時代の板絵地蔵、海揚がりの古備前、ルーマニアのイコン。
臨終の際で、洋平は一つ一つの骨董との出会いを克明に回想します。
「どこの街で、どの店で、主人の顔、品物が置かれていた場所、棚の何段目の左から何番目、、、」
骨董はまさしく生涯の友であり、妻や家族、親しい友だちと一緒に、人生の同じ行路を歩むことのできる精神の友であるのです。
読書感想
この本を購入したとき、僕はまったくの骨董の初心者でした。
そして、この本を教科書のようにして、僕は骨董収集の趣味を学び、骨董に触れることの楽しさを学びました。
その意味で、本書は僕の人生を間違いなく豊かにしてくれた、人生の教科書だったと思います。
初めて手にした骨董本が本書であったことは、まったくの偶然でしたが、それはその後の骨董との出会いに似ていたとも言えるかもしれません。
著者の末続堯さんには、本書の他にも様々な著作があり、僕はそのすべてを所有するほど、末続さんを骨董の師と仰いできたわけですが、今もって末続さんの著作の中では、本書が一番楽しくて一番分かりやすいと考えています。
骨董入門としては型破りとも言える物語仕立ての構成は、骨董を小道具として巧みに用いながら、骨董収集の醍醐味や注意点などを自然体で学ぶことができる構成となっています。
あるいは、深夜枠でテレビドラマ化していれば、一定数の骨董マニアを獲得することができたのではないかとさえ思いますが、本書で展開されるドラマは、あくまでも普通のサラリーマン家庭に訪れる普通の物語であり、果たして本当にテレビ向きかと問われると、いささかの疑問符が付くところではあります。
いずれにしても、本書は僕の人生に「骨董収集」というささやかな彩りを添えてくれた、かけがえのない教科書です。
このように素晴らしい書籍が、一人でも多くの読者の目に触れることを願っています。
これから骨董収集を始めたいと考えている方に。
まとめ
骨董収集は生涯の趣味であり、骨董品は生涯の友である。
平凡なサラリーマン家庭に巻き起こる平凡なホームドラマ。
人生は思ったよりも楽しいものらしい。